イメージ 1
1969年4月13日の朝日新聞社会面。

東京外国語大学で全共闘支持派の仏語3助教授が授業を拒否という記事とともに、明治大学の記事がある。

―「学生と警官また衝突」神田周辺。交通一時止まるー
<12日午後、日大全学共闘会議の学生約500名が明大駿河台学生会館前に集まり、「法・経済学部を奪い返そう」ということで、明大前通りや中大学生会館付近で激しいジグザグデモを繰り返し、機動隊に追われ明大学生会館に逃げ込んだ学生126名が逮捕された。>(1969.4.13朝日新聞から引用)

この記事の写真には「修学旅行生もとばっちり」ということで「学生と警官の衝突で混雑する中をバスから降りて宿にかけ込む修学旅行の中学生」という写真が添えられ、機動隊の盾の前をカバンを抱えながらうつむき加減に通り抜ける女学生が写っている。
たぶん宿は東京都千代田区・御茶ノ水の明治大学大学院の隣にあった「駿河台ホテル」という修学旅行によく使われていたホテルだと思う。写真の中学生は、いかにも「とばっちり」という感じで写っている。

この神田駿河台にあった明大学生会館への機動隊乱入に抗議して、明大では1969年4月14日「全学臨時休講」となり、明大記念館で学生会(自治会)と大学当局の大衆団交が行われた。(リンクしている「明大全共闘・学館闘争・文連」のエピソード1969も見てください。)
1969年4月15日付の朝日新聞にも「抗議休講だけではダメ。団交で追及うける」という見出しで、当時の明治大学中川学長が社学同(注1)のヘルメットを被った学生に指をさされて追及されている写真が載っている。大衆団交そのものはお互いにすれ違いのやりとりばかりだったが、中川学長は頭の髪の毛が薄い人で、アジビラ(注2)を折って作った紙飛行機が頭のあたりをかすめて飛んでいくと、頭をさわって「滑って当たらなかった」というような仕草をするので、会場爆笑という場面もあり、なかなか面白かった記憶がある。

団交の後は、参加者が記念館前の明大前通りへ出てデモをしたが、社学同が記念館の出口で赤ヘルメットを参加者に次々と配り、赤ヘルの勢力を誇示しようとしていた(集会終了後は回収)。参加者は明大前通りを埋め尽くすようなデモ(新聞によると約1500名)を行ったが、赤ヘルのデモ隊列が街灯の光を反射してとてもきれいだったことを覚えている。私の初めてのデモ体験だったので、印象が強烈だったからかもしれない。

さて、デモをしていると例の「駿河台ホテル」の窓が開いて、窓から修学旅行生が鈴なりになって、デモをしている我々に手を振ったり、写真を撮ったりしている。ホテルの玄関あたりには先生が出て窓から顔を出すなというような仕草をしているが効果がない。我々も修学旅行生に手を振り、声援に応えた。

当時は新聞やテレビで毎日のように各大学の学生運動の状況が伝えられており、修学旅行の中学生はデモの理由などには関係なく、生でデモ隊が見られるということで素直に喜んでいたのだろう。新聞の写真の「とばっちり」を受けた女学生も、その修学旅行生の中に居たのかもしれませんね。
(社学同の赤ヘルの絵を書いてみました。)


(注1)社会主義学生同盟:新左翼系の党派である共産主義者同盟(BUND)の学生組織。社学同をブントと呼んでいたが、ブントは共産同のこと。当時の明治大学は社学同の拠点校の1つだった。

(注2)アジビラ:直訳すると煽動する目的で作られた宣伝紙というようなところか。各党派や組織がそれぞれの主張を書いている。
現物を見たい方はリンク先の「明大全共闘・学館闘争・文連」のアジビラの項を参照してください。