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「明大2月6日に集う会」の報告も今回で最後となる。
局瑤裡忙瓩らの報告の中で、重信房子さんからのメッセージを娘のメイさんが読み上げた。(写真)

『「明大2月6日に集う会」によせて 
      重信房子  代読メイ
「オール明治の集い」に今回はまだ行けません。
でもここにおあつまりのみなさんに、参加の想いをこめて感謝と連帯のあいさつを送ります。
何十年の断絶があっても、共に闘った日韓闘争やベトナム反戦闘争、明大学費値上げ反対闘争の仲間たち、学生会館ですごした日々を忘れることはありません。
初めて変革の志を抱き、共に育み合った明治の活動の日々は、私の出発点だからです。
前回「オール明治の集い」は、2000年11月17日だったので、丁度、私が11月8日に逮捕されたすぐあとでした。
私の逮捕からもう10年目になりました。
私の公判は、9.11事件を経て、ブッシュのかたよった戦争政策と、反テロキャンペーンの異常な世界と、その異常に無批判につき従う小泉政権下ですすみました。
「反テロ」の名で、日本赤軍リーダーだったということによって、「やったにちがいない」と重刑攻撃をうけてきました。
こうした中で、米田さん、岡村さん、蔵本さん、本間さんをはじめ多くの旧友たちの支援と励ましの中で公判を闘うことができました。
又、私の逮捕後に国籍を得て日本に帰国したメイにも、日本語学校の世話から、米田さんらの支えの中で、日本社会に生き、社会参加することが出来ました。
改めてみなさんに感謝します。
今、日本も新しい政権に変わり「情報公開」を要に、国のしくみの変化がはじまっています。
曲折はあっても、この変化はあともどりできないでしょう。
この変化を、まっとうな仕組みに変革しうるかどうかは、これからの国民の側にかかっています。
オール明治の仲間たちも、昔とった杵柄もあり、又、変わらぬ変革の志をもっておられることも知っています。みなさんの健闘を期待するものです。
私の方は、最高裁に上告してもう2年をすぎており、判決は今すぐ来てもおかしくないといわれています。
それでも、世界と日本のこれからの変化変革の中で、日本も人権において国際水準に近づき、死刑廃止や獄中の処遇改善もなされると期待しています。
そうすれば、「第四回オール明治の集い」には参加できます!ね!
そんなことを楽しく描きつつ、新しい旅を覚悟しています。
みんなと共にうたった、インターナショナル、ワルシャワ労働歌、それに“おお~明治♪”の校歌や“ブント物語”のうたや“真田風雲録”を歌いながら、今日の日、辺境から連帯の心をとどけます。
再会と乾杯を! 共に!  房子』

このメッセージは重信さんの手書き原稿を書き写したものだが、原稿にはメイさんが読めるよう、漢字に「ひらがな」がふってあり、母親としての心づかいが読み取れる。
手書きの文字からは重信さんの想いがひしひしと伝わってくるようで、目頭が熱くなった。
メイさんは現在、ジャーナリストとして活躍中。
CS朝日ニュースターの「ニュースの深層」で週3回、サブキャスターを務めている。
また、同志社大学博士課程で「メディア論」を学んでいるとのこと。
2002年には「秘密 パレスチナから桜の国へ 母と私の28年」という本を出している。

懇親会は中村幸安氏の乾杯で始まった。
私は乾杯のビールを飲み干すや、生田のI氏のところへ直行、資料を見せていただいた。
69年4月の臨時学生大会議案書、9月の全明全共闘結成大会議案書、明大生田助手共闘会議資料、明大全共闘生田地区共闘、明大全学評の各種ビラなど。
その場で資料を預かり、短い会話を交わした。
「当時の資料を保存し公開していくことは、明大闘争を闘った者の責務である」との認識で一致。
I氏から残りの資料を送ってもらうことになった。(2月11日に宅急便で届きました。ありがとう。)

懇親会では他の方からもホームページへの資料提供の申し出があり、とても感謝している。
提供していただいた資料は、時間はかかるが全て公開していく予定である。
私のホームページが明大闘争の資料を保存・公開する「電子図書館」となればと思っている。

懇親会ではネットワークM66のメンバーでもある落語家の二代目柳家三壽さん(66年法学部入学)の司会で参加者の紹介があり、皆さんそれぞれに近況などを語った。
最後は現役バリバリである両川敏夫氏(66年政経学部入学)【共産主義者同盟 (統一委員会) 】の音頭でインターナショナルと明大の校歌を歌い散会した。

1950年代から81年入学まで、幅広い参加者が会場に顔を揃え、「和解とネットワーク」という言葉がぴったりの会合だった。
今回の「集い」を企画、運営した米田氏を始め、関係者の皆さんには深く感謝すると共に、第四回は重信房子さんが参加した「集い」になればと心から願っている。

「集い」の報告の補足編を次回書きます。

(つづく)