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(ブログの字数制限の関係で2つに分けてあります。No218-1から見てください。)

『いいね、あの新宿のコマの前でマイクを持って、「あなた方は資本家のために働いているようなもんだ」、そういう言葉をもう一回聞きてえけど、まあ談志さんの話ばかりしてちゃいけねえんだけども、談志が死んだ、上から読んでも下から読んでも同じ。(笑)
あの人も嘘つきなんだ、大体、十何年も前にね、「俺は食道がんと舌がんだ。1年しかもたねえ」周りの噺家は喜んだ、やっとうるせえのが居なくなる。(笑)そしたら3年たっても5年たっても死なねえんだよ、そのうちあいつは嘘つきだ、嘘つきでも長生きした方がいいと思うけど、まあこんな話してますけど、我々ここでこうやって縁になって、縁ってすごいものですね、1億も居てさ、今、両川が来たけども(両川氏:69年明大中執委員長、ブント戦旗派)、面白いもんだよ、50年前、そんなに経っていないけど、デモやって今だに繋がっている、何してんだろうな。
だけど俺はもういいからね、気仙沼も潰されたし、私も泣いたけどね、姉ちゃんとか姪御とかみんな死んだけど、周りの先輩方も死んだけどさ、それよりも尊厳なる労働力を否定されたと、尊厳なる労働力なんて噺家で喋れるのは俺だけだよ(笑)、昔の気仙沼の人たちが作ってきたものをみんな潰されて流されたということに涙したね。
でも何とか後輩がやってくれると思うんですが、話はそれましたけど、みなさんとこうやって生きている間、味岡さんがきたよ(味岡氏:「三上治」という名前の方が有名、ブント叛旗派)、こうやってこういう栄誉を持って反対をしてやっていく、すごいことですね、うれしいことでもあります。たぶん、また生まれてきたら学生運動していたと思うけど、心は津波で流されたし、周りの人もみんな死んだし、子供は嫁いだし、私は病気になってかあちゃんと暫く一緒でかあちゃんにも孝行したし、あと「○て○○っ○ぽ○○う○」(筆者:伏字にしました)持つだけなんだよ、よろしくね。(笑)その時は黒い羽織はかまでやる。
味岡さん、そこに立っていると疲れますよ、上がってください。貴方が来るんじゃないかと今か今かと待ってfたんですよ、中大の親分でございます。
(前半はここで終了、この後、八っさんが大家さんから嫁を世話される噺が始まるが、省略)』

テントを出ると、もう雨は止んで陽が差してきた。
休みの日の霞ヶ関は閑散としている。人通りもまばらだ。
三壽さんを含め明大関係者は、御茶ノ水の店で開かれる「明大土曜会」定例会に場所を移した。
定例会では、日大、芝工大の関係者も交えて、12月11日の『全国から電力会社・経産省を包囲しよう!再稼働反対 12.11デモ』を3大学共闘第4次共同行動とすることを確認した。(当日の様子は、来週のブログに掲載する予定です。)
また、来年3月11日(日)に福島県いわき市で行なわれる、原発事故1周年現地集会への参加も確認した。
三壽さんは、定例会の席でも喋りは絶好調。今度、活動家から落語家への転身の背景などについて聞いてみたいと思う。

<「経産省前テントひろば日記」より>
『午前中は昨日からの雨が続いていた。今日は午後から明大土曜会主催の落語会があるので気になっていたが午後からは晴れてきた。最近は天気予報もあたるね、テントに来た人と話した。 落語はテントの中で行われた。明大出身の柳家三壽さん。師匠は宮城県気仙沼市の出で今回の大震災には心痛めているとのことであった。噺は縁結びの一席だが、巧みな語り口に一同は笑いも挟んでの楽しいひと時だった。第二回目を来年の二月に開催するとのことだ。先のことになるが楽しみが増えた』

(終)