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2012年3月11日。東日本大震災と福島原発事故から1年目の日、福島へ旅に出た。
第1の目的は郡山市で行われる「原発いらない!3.11福島県民大集会」への参加であるが、もう一つの目的は福島市に住んでいる大学時代の仲間との再会である。
3月も半ばになろうというのに、あの日と同じように寒い。
東京駅から新幹線に乗ると、車内に乗客は少ない。喪服の女性の3人連れが私の斜め前の席に座った。震災で犠牲になった方の関係者だろうか。
車窓を行き過ぎる景色を見ながら、昨年のあの日を思い出した。
丁度、新宿にあるビルの8階で仕事をしていたが、地震の揺れが尋常ではないことに気付いた。周りの同僚も椅子から立ち上がり、机やロッカーに手をついている。窓の外を見ると、隣のビルがしなるように大きく揺れているのがはっきり分かる。窓ガラスや天井がギシギシという音を立て、地震の揺れが治まった後も建物は左右にゆっくりと揺れている。
余震も断続的にあり、その度に建物の揺れと地震の揺れの相乗効果で歩くのも不安な感じであった。
この時はまだ地震のことで頭が一杯で、津波や原発事故のことなどは考えられなかった。
その後、テレビに津波の映像が流れ多くの方々が犠牲となったことを知った。そして、福島第一原発の爆発。もう日本は3月11日の前には戻れない、と思った。
この時の何とも言えぬ無常感は忘れることはないだろう。

新幹線は宇都宮を過ぎ郡山へ。途中、トンネル抜けると雪景色が広がっていた。青空を背景に遠くの山並みも真っ白な雪を被っている(写真上)。郡山を通過すると福島はすぐだ。
福島駅に降りるのは初めてである。待ち合わせ場所は新幹線の改札口なのだが、それらしき人はいない。改札を抜けて売店の方に行って、また改札口に戻ってくると、「○○さんですか」と声をかけられた。
先ほど改札口付近で見かけた人であるが、U氏だったのだ。
大学を出て以来、会っていないので40年ぶり。当時より痩せている所為か全く分からなかった。でも声は変わらない。
駅前のビルの上に福島市内を見渡せる展望室があるということで、案内してもらった。薄曇りの天気の下で福島市内はひっそりとしているようだった(写真2段目)。
U氏の自宅にお邪魔して昨年の震災の時の話など伺った。
「電気は通じていたが、水道が止まった。1週間くらい給水車に並んで水をもらった。トイレの水として川の水も汲んだ。放射能のことは全く知らされず、後になって給水車で並んだ時の放射線量が24マイクロシーベルトだったことを知った。
昨年はマスクをしていたが、今はもうマスクもしなくなった。放射能への馴れだろうか。外から来ると福島市の人たちはどんな生活をしているのかと思うだろうが、普通の生活をしているように見えると思う。
家庭菜園をやっているが、除染なんてできない。そこで収穫したものは自ら食べる、他の人に食べさせることはしない。周りの人も皆そうだ。
市内では子供が減って、幼稚園や保育園が無くなっている。私の子供も東京に居るが、福島には戻らないと言っている。
福島の出身ということで、婚約を破棄された女性がいるという話だ。生まれる子供に放射能の影響が出るということだろう。
福島は悪い意味で有名になってしまった。」
放射能をめぐる差別や、放射能とともに生きることを選ばざるを得ない心情を語ってくれた。

U氏とは一緒に郡山市での集会に参加することになっており、新幹線で郡山市に向かった。開成山球場は駅から歩いて30分ほどのところにある。
駅から真っ直ぐの道を歩いていくと、途中に放射能の線量計があり、0.45マイクロシーベルトの値を示している(写真右下)。
球場に入ると内野席はほぼ満席状態。外野席も開放したが、「外野席は除染していないので小さいお子さんは入れないように」とのアナウンスがあった。
集会では加藤登紀子さんの歌や大江健三郎さんの挨拶などがあり、午後2時46分、全員が起立し、震災犠牲者の方々に黙とうをささげた。
黙とうをしていると、遠くから鐘の音が聞こえてきた。悲しげなサイレンの音も。
震災から1年、こうやって福島の地で震災犠牲者の方々を悼むことが出来てよかった。

集会の最後の挨拶から
「立ち止まって考えましょう。地震は止められないけど原発は人の意志で、行動で止められるはずです。私たちはただ静かに故郷で過ごしたかっただけです。あの事故以来、何もないのです。長い間慈しんできた地域の歴史も文化も、我々を守っていた優しい自然も。
少し不便でもいい。少しくらいの豊かさでいい。どこに根を張って生きるかなんて、まだ考えられません。放射能を気にせず生きることのできる、自然を大事にした社会こそが望まれます。
全国の皆さん、脱原発・反原発に関心を持ち、心を寄せてください。確かな一歩を皆で踏み出すために力を寄せてください。そしてもう少しの間、寄り添ってください。傷はあまりにも深いのです。」