昨年2月の明大土曜会で、福島第一原発で働いている作業員の方から原発内での作業の実態などお話を伺った。その内容は、「No 385  原発問題肉薄ツアーの現状と福島第一原発労働者からの報告」(2015.3.24)としてブログにアップした。

作業員の方は当時、原発で働いていたため、匿名で写真も出さない、本人が特定されるような書き方はしないという条件でブログに記事を掲載したが、この方が原発での仕事を辞め、今年の2月に「福島原発作業員の記」というタイトルの本を出したということで、1年ぶりに明大土曜会に来ていただき、本を出版するに至った経緯などお聞きしたので、その内容を掲載する。

今回は実名OKということで、お名前も写真も掲載させていただいた。

 
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(本の写真)

 

「池田実です。これは2月22日に出しました『福島原発作業員の記』という本です。恐らく現場の作業員がこういう形でルポを出したのは初めてじゃないかと言われているんですけれども、これを何で書いたのかということは、最初から書く気で(原発に)入った訳ではないんですね。とにかく東京に居て、福島でああいうことになっちゃって、何かしなくちゃいけないということを感じて、やっぱり福島に行って仕事して自分の目で見て何かしなくちゃという気持ちで一人で入りました。

1年3ケ月、除染と第一原発構内の仕事をして、去年の4月いっぱいで引き揚げてこっちに戻ってきたました。当り前なんですけれども、やっぱり全然違う世界です。先ほど民主主義と言われましたけれども、そんなものもないし、労働法もまったくない。いわゆる治外法権といいますか、賃金もバラバラだし社会保険もないし、年休なんてないし、そういう中で、今も毎日7千人が働いています。これからも廃炉まで最低50年、100年とも言われていますけれども、作業員がどんどん投入されて、既に5万人が入っていると言われています。そういう劣悪な労働条件、福利厚生にしても、タコ部屋とまでは言えないかも知れませんけれども、私も7人一つの屋根の下に共同生活して、仕事が終わって帰ってきても非常に神経をすり減らすような、そのような状況があったりして、こういう世界を基に、今、廃炉作業が進められている。こういうことを何とかしなくちゃいけないと誰も言えない状況、別にかん口令が敷かれている訳ではないですけれども、多くの人はここしかないみたいな感じで、結構リストラされて来ている人もいるし、福島原発が最後の職場だということを言っている人もいますし、黙々と、当然不満はあるんですけれども、我慢しながら働かざるを得ないような状況、こういう状況がずっと続くのはおかしい。そもそも多重下請というか、東電のもとで一次、二次、三次、私は三次でしたけれども、そういう構造がそもそもおかしい。そういう体制を国が東電まかせとか下請けまかせではなくて、やらなくちゃいけないということの発信として今回本にして出した訳です。


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今月から被曝線量、緊急作業時の被曝限度が250ミリシーベルト、今までは100ミリだったんですが、原子力規制委員会が去年法律改正を提起して4月から250に上げられたんです。それは何故かというと、過酷事故、福島みたいな、福島だけじゃなくてこれから川内とか伊方とか再稼働してああいう事故になったら、今までの100ミリ限度じゃ納まらないということで250ということで、それを担保するという形で法律を変えたんです。原子力規制委員会の審議を聞いてみると、委員が『250を超えたら撤収するんですか』と聞くと『それはない』。要するにとことん働かせる、決死隊みたいな形でやるということに作業員はならされちゃう。そういうようなことで、本当に私たちは使い捨てということを感じました。

これからどんどん被爆者が増える、私も実は1年3ケ月で積算で7.25ミリシーベルト被ばくしているんですけれど、それは一般には低いと言われるんですけれども、そうは言っても厚生労働省が決めている白血病の年5ミリという限度は超えている訳で、私だっていつそういう病気になるかも知れない。労災認定が出るかというのは狭き門で、やっと去年10月に初めて白血病で福島原発の人が1人認定されましたけれども、それまではガンだとかほとんど却下されて、彼を入れて14人しか労災認定されていないという状況です。今回の認定にしても因果関係がハッキリあると厚労省は言わない訳ですから、そのような中で、これから何十万人も作業員が投入されて命を削っていくというそういう原発の罪というか、それは何とかしなくちゃというのが私が(本を)書いた理由です。

本を出してからいろいろ反響もあって、この前の3・26(原発のない未来へ!全国大集会)でも発言させていただきましたし、その後、国際シンポジウム、被曝労働シンポジウムというのがあって、ウクライナから元作業員2人と韓国の原発の下請け組合員、あとフランスの下請けの人、何故か私が日本代表じゃないですけど出されて、4ケ国で発言をしました。何か日本が針のむしろにいるみたいで、フランスでは労災のことでいくつも裁判を起こしてほとんど勝っているという話だったり、韓国は下請け労働者の8割を組合に組織化して交渉しているとか、ウクライナでは事故から5年目にいわゆるチェルノブイリ法というのが制定されて、チェルノブイリに入った原発処理作業員、リクビダートルと言うんですが、そういう人と避難者・帰還者を、すべて国が被曝量から健康管理とか保養とかいろんなことを保障する法律を5年目にして制定した。それは自然に出来た訳じゃなくて、国に働きかけたり住民の人と横で連携を取って、5年目にして国に法律を作らせ、それを、今、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアが同じような法律で運用してる。実態はウクライナにしても財政の状況でかなり削られて、法律はあるけど法律は守られていないということが言われていましたけれど、それなりに各国はやっているのに主催者の日本はどうかというと、何も出来ていないと言うか、現場のことすら知られていない。会場の日本人参加者から『原発はどうなっているんだ』という質問が来たくらいで、何が起きているか全く知られていないというのが今の日本の現状です。5年目にして日本は復興だ復興だと言われていますけれども、その裏では住民が半強制的に帰還しろということで、低くはない線量のもとで、住民がどんどん帰還させられている。私たちも被曝させられていく。だからチェルノブイリの人の話を聞いて、私は考えたんだけれども、あそこは石棺にして50年、何年かは決まっていないけれども、時間が経てば線量は下がる。だからそれまでほっておく。もちろん最低限のことはしますけれども、日本の場合はとにかく戻れ戻れで、そのために私も除染をやりました。除染をして戻っても、やはり住民の人は低線量被曝をする。私たちも戻すための除染とか、廃炉作業もそうですけれども、実際、僕も構内のゴミ収集をやっていましたけれど、緊急性を要しない仕事ばっかりなんです。今考えてみれば、そんなもの50年経って線量が低くなってからやってもいいんじゃないかと思うんですけれども、とにかく日本は復興という名のもとで被曝者を増やしていくという、チェルノブイリと全く違う方向で、今さら言ってもということはあるんですけれども、根本的に違うなと思います。あと組織的にも国が前面に出ない。国はあくまで支援機構で、金を出すみたいな、私たちの雇用にしても、労働、福利厚生にしても、結局、東電下請け任せで、そういう組織体制も含めて、5年目ということで、これを何とかしなくちゃということで、私はこれから健康である限り、こういうことを訴えて行きたいと思います。

私は学生運動には行きたくないということで、労働運動、郵便屋になってクビになって、また戻って、定年退職ということで、労働運動はもういいという感じでどんどんステージを変えて行った。今、自分としては個人的にはもう原発が最終ステージということで、今後、この原発のことをライフワークとして訴えて行きたいと思っています。」

 
【本の紹介】

「福島原発作業員員の記」

池田 実 著

定価 1,500円+

八月書館発行

「廃炉まで40年とされる福島原発そばの浪江町の除染作業を皮切りに、原発の建屋に入って実際に事故の収拾作業に従事、そこで今も続く『終わりのない収束」』に直面した著者。消耗な人海戦術、飛散する放射能、苛酷な労働条件、仲間の事故死……。試行錯誤する指示、朝令暮改が続く中での、被ばくしながらの除去作業、廃棄作業のありのままを書き留めた渾身のルポ。」

 

(終)