新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言により、私たちの生活は大きな制約を受け、政府、自治体、マスコミなどから「新しい生活様式」といわれるものへの転換を迫られている。このような状況は大学生と大学においても例外ではない。
6月6日に開催した明大土曜会では、「老学連帯」企画として慶応大学法学部4年 田中駿介さんをお呼びして、「コロナ事態下の大学生と大学」と題してお話を伺った。今回のブログはそのお話の内容を掲載する。なお、後半の質疑応答の部分は、後日、ブログに掲載予定である。

020年6月6日
明大土曜会
「コロナ事態下の大学生と大学」慶応大学法学部4年 田中駿介さん。

Y(明大土曜会主宰者)「現在のコロナの情勢に対して「要請するなら補償しろ」ということで、現役の学生の田中さんら中心に毎週デモをやっています。5月24日の秋葉原のデモには私も参加しました。Hさんの方から紹介してもらって話に移りたいと思います。」

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「4月の明大土曜会で小林哲夫さんにお話しをしていただきました。その時に現役の大学生、そして卒業して間もない方が約7名が参加しました。その時に、田中さんに、現在の大学生がどういう問題意識や運動をやっているのか聞きました。その後、田中さんから「自粛要請するなら補償しろ」デモをやりますというメールが来まして、明大土曜会メンバーが2回参加しています。
田中さんは、慶應大学法学部の4年で、政治哲学とか戦後社会論を専門にしています。生まれは北海道の旭川で、そこで自衛隊とかアイヌの集落を目のあたりにした訳です。大学に進んで、中央では見えない声とか闘いがある。特に福島とか沖縄に目を向けようということで、沖縄の論文で慶大「小泉信三賞」を受賞しています。
これからを期待できる逸材ですので、今日はゆっくりお話をお聞きしたいと思います。」

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田中「よろしくお願いします。田中です。今、僕は慶應大学の法学部政治学科で4年生なんですが、この時期は就職活動が解禁されて、実質的に6月に解禁なんですが、結構多くの学生が内定を得たというような時期になっています。実は今回のコロナの事態で、就職活動、学生生活というものが一変してしまいました。本日はそういった現状について報告するとともに、この事態で、大学というのもが本当に今、どういう形に今後あるべきなのか、改めて議論ができればと思っています。
さきほど紹介がありましたように、僕は60年代70年代の市民運動、ないしは現在の基地等の社会問題に関心があって、そういったことを論文に書いている訳ですが、この前、小田実の『世直しの倫理と論理』を読んでいたんですが、そこで非常に面白い記述を発見しました。小田実によれば、当時は就職予備校化というものが懸念されていて、ベ平連始め小田実はそういうものを否定しようとしたわけですが、大学を否定するのであれば、大学解体を訴えるのであれば、授業を否定するのではなく就職窓口を否定した方がいいと小田実は書いていたわけです。小田さんによれば、大学の成績がいいからといって、いいところに就職できる、あるいは大学の成績がいいからといって業績を将来的に獲得できるというような、大学の成績と業績主義の連携というものを解体しなければならない、というような話がありました。これは僕は非常に「目からうろこ」だったんですが、最近聞いた話によると、これはもっと深刻化しているということです。以前、ある人から聞いたのは、インターネット系のITサービスの会社では、時間割がわかるんですね、成績表から見ると。何曜日の何限は何の授業があると。その時に何曜日の何限にスマホでゲームをしていたとか、GPSで大学にいなかった、そうなると、この人は労働者として優秀な駒にならないと、今は成績が可か不可を見ているのではなくて、ちゃんと言うことを聴いて、授業に出ているかどうか、むしろこちらが大事なんだと、そういうサービスを開発したというのを就活生向けに、こういうサービスをやっているからうちの会社は安泰だろうという話をしたという、ウソみたいな本当の話なんですが、以前、友人から聞きました。このように、今はデジタル権力ですね、ミシェル・フーコーが議論したところの生権力と今までの就職予備校というものがもっとミックスになって、より大学の意味というものを問わざるを得ない状況になっているかなと、あるいは大学の高校化が進んだのかもしれないなと僕は思っている訳です。今までであれば、高校闘争の歴史の中では東京の公立高校では自主講座のようなものもありました。もちろんそれは70年代80年代の市民運動を語る上でも、例えば宇井純の『公害原論』とか、そういう自主講座的なものを大学が提供したというのは非常に大きかったと考えています。しかし今の大学を見渡してみても、むしろ増えたのは寄附講座なんですね。寄附講座といっても大手の財閥、大企業からの寄附講座で、将来企業人として働くための人脈を得るための大学、何かスキルを得るための大学というように最近変わってきてしまったような気がしています。こういう状況をコロナ禍は加速してしまうのではないかというのが本日の私の問題提起だと思います。
 改めてこの問題提起について掘り下げていきたいと思うのですが、60年代当時、つまりここにいる皆さんが僕の時代だった頃、まったく同じような事態に直面していたと思います。それは就職予備校化、大学解体が叫ばれた時代でありました。あるいは当時の学生生活の文化、歴博(国立歴史民俗博物館)であった「1968展」を担当された方にも以前お話を伺いましたし、図録も僕は持っているんですけれども、当時の学生生活においても、あまり今と変わらないように、ある意味、授業は良くも悪くもサボリながらいろいろなサークル活動をしたりとか、その中に一つ運動というものもあったんでしょうが、それが当時と今、何が変わったのかというが今回議論しなければならない問題だと思っています。確かに大学生活を取り巻く状況というのは、非常に似ている部分も多いと思います。僕自身も授業はそこそこに、現代思想のゼミが終わった後に、後輩や友達と一緒にお酒を飲みながらいろんな議論をしたとか、そういう思い出は多々ある訳で、それは変わっていない訳です。しかし、僕が一番大きく変わったと思うのは、「大学全入時代」と言われるようになり、いままで以上に困窮者であったり、精神的に困難を抱えている、障がいがある方が学生のなかで非常に増えたのではないかということです。「大学全入時代」と言っても、これはもちろん地域格差があるので僕は全入という言葉はいいとは思いませんが、例えば、障がい者に関しては本当に増えたと思います。精神疾患の当事者は、もちろん今でもそうですが、非常に偏見が強かった時代があります。あるいは今、知的障がいと言われるものは、精神薄弱と呼ばれていました。発達障がいに関しては、そもそも障がいとして認知されなかたのかもしれません。私は慶應大学で「発達障がいを支える会」というサークルをやっていました。そこで出てきた問題提起は非常に面白かったです。これは「論座」の記事にも書いたのですが、履修を登録する時に教科の名前というのは非常に長いんですね。例えば「人間科学特集25A」という名前、この25というのが普通に25ではなくてローマ数字の25(ⅩⅩⅤ)なんです。本当に分かりにくい、何を指しているのか分からない。少なくとも誰でも分かるような表示にして欲しいとか、学事、奨学金や履修担当を司る事務の方も非正規の非常勤の方がほとんどで、きめ細かなサポートなど到底してもらえないという話はいくらでも聞いていました。実際、僕も奨学金を4月に申請しようとした時に、「明日からキャンパスが閉鎖される」と突然言われて、学長印がある推薦書がないと応募できない奨学金があって、「頼むから今日中に出して下さい」と頼むと「こっちも緊急事態なんだからそんなこと言わないで」みたいにすごい怒られるとか、本当にそういう正にネオリベの原理で、職員の方に当たっても全く意味がないので、渋々諦めざるを得ないわけですが、そういうような状況がどんどん進んできて、学生も職員も多種多様になったと。今までみたいに、慶應だったらほとんどの親はお金持ちで裕福だというのは過去の物語になってしまったということです。大学生なら何とかやっていけるかもしれないということは、60年代は一定程度そういうような声はあったかと思いますが、現代においては学生についても全入時代と言われる中でケアが必要だと。このケアというのが必ずしも経済的困窮へのケアだけではなく、精神的なもののケアも必要だということを改めて確認したいと思います。
  精神的ケアについて一番深刻なのは新入生です。僕の高校の後輩で一番可哀そうだなと思った子は、東北の大学の1年生の女性の方なんですが、身寄りがいないわけです。右も左も分からないような場所に行って、いざ実家に帰ろうと思ったら、大学からの通達があって、県境をまたがる移動はしないで下さいと。津軽海峡を越えるなと。もちろんそれに法的拘束力はないわけですが、1年生からすると大学の言っていることに従わないという訳にはいかないと考えたらしいです。あるいは移動すると実家の方も困るという可能性もあります。その子は本当に1ケ月誰とも会わずに、四畳半くらいのところで過ごしたという本当に辛いという話を聞きました。あるいは1年生に聞いたところによると、今課題が非常に多く出ていて、1年生は授業が週に52単位申請しているので、ならすと1日4~5コマあると。4~5コマといっても高校の1~5コマじゃないので、1時間半が4~5コマあるんですよ。だからオンライン授業を受講すると、6時間パソコンの画面を見続けなければいけなくて、それも課題をやるのに3時間くらいかかるから、勉強は大事かもしれないけれど9時間くらいパソコン見続けていたら、しかもそれが土曜日まであるらしいんですね。なので、本当に精神的に参ってしまいそうになる。分からないことがあっても聞くに聞けなくて、勉強は大好きなんだけども全然楽しめないというような声も聞きました。しかもさらに図書館が閉鎖されているので、レポートを書くといっても、所得格差がアクセス可能な文献の量と質を規定してしまう。ですからお金がないとグーグルで検索できるブログ記事とか、大学と契約している新聞社のデータベースとかそういうものになって、書籍資料にあまり当たれないというような状況が生じてきて、これは本当に何とかしてもらわないと困るなと思っています。
 やはり問題になってくるのは奨学金の問題なんですね。今回のコロナ禍で非常に動いていたのが、学生団体の「FREE」(高等教育無償化プロジェクトFREE)という団体でした。朝日新聞系の雑誌の『ジャーナリズム』というものに出た「FREE」の記事を読みたいと思いますが、「1日3食だった食事が1食もしくは0食の時もある。1年生の4月からは3ケ月くらい毎日自炊していたが、アルバイトなどで時間がなくなりコンビニ食になり、ますます1食にかかるお金がかかって食べられなくなった」。これが年収270万から400万の世帯のお子さんの方がこういうようなことを言っている。要は1日1食にするかどうかというのが、今の大学生の困窮状況で、結構リアルなものとしてある。あるいは1日4時間半通学時間にかかっている、けれども一人暮らしするお金はない。こういうような声もあると聞いています。この「FREE」という団体は、民青系の団体だそうですが、この団体がやっている調査は僕は非常に意義深い調査だとは思っています。コロナ禍の前から学費を下げろということを訴えてきたというのは、非常に重要だったと思っています。彼らが問題提起してるのはやはり奨学金の問題なんですが、奨学金を受けている学生のうち、給付奨学金のみを受けている学生というのが5%に満たないそうです。要は、20人に1人以外は奨学金を受けている場合は、どこかしらから借りていて返済義務を負うということです。このデータは年々変化していて、5年前は確か3%だったんですが、今は4%になって少しは改善したと書いているけど、3%が4%に改善ってどこが改善なんだという話で、しかも以前であればこういうような答えがあったのかもしれませんが、日本学生支援機構の奨学金も、教員になれば返済免除になるというのがあったじゃないかと言われるかもしれませんが、これは公平性の担保という理由で10年くらい前に撤廃されているはずです。今、僕が知っている限り奨学金で大学教員になれば免除されるというのは西原育英文化事業団だけで、西原育英文化事業団は「1968展」(「1968年」無数の問の噴出の時代)を歴博(国立歴史民俗博物館)でやった時の学芸員の方が理事長なんですね、僕も応募しているんですけれども。そういう古風というか、ちゃんと歴史なものを踏まえている財団であれば別ですけれども、最近の財団はむしろこれからの日本社会、企業で役に立つような人材と間接的に書いている財団も多いわけで、教員になったからといって返済が免責される訳ではないというのが今私たちが抱えている問題です。つまり給付奨学金を取らないと返さざるを得ない。しかも返さざるを得ない奨学金を、最近は財閥系の回収業者に依頼をする。ブラックリストに載るわけですから、例えば携帯電話を分割で買えなくなったり、クレジットカードを作れないとか、著しく社会的制裁も受ける、本当にこれは学生ローンというような体裁をなしています。ただ僕はそれ以上に問題なのは、今の学生は良くも悪くも「いい子ちゃん」になってしまったと。これも実は抜け道はあると言われていて、例えば放送大学にずっと在籍さえすれば学生のままなので返済がずっと猶予になるということを朝日新聞の記事で読みました。奨学金に困っているという学生にその話を言ったんですね。「いいかどうか分からないけれど、本当に困っているならこういうのもあるんじゃないの」という話をしたら、「いや、やっぱりそれはいけない。もっと困っている人がいるだろう」と。僕の友達でも精神疾患当事者で一人暮らししたいけどできない、どうしようという方がいらして、生活保護取ればみたいな話もするんですけれど、絶対いやだと。障害年金をもらっていて親にもひどい仕打ちを受けているにも関わらず、それだけはいやだと、良くも悪くも教育の成果というか、生活保護や奨学金を踏み倒すのは絶対にあってはならないことだと。良くも悪くも昔だったら、ちゃんとできなくても抜け道があったかもしれないが、それは今は絶対にやってはいけないという風潮がむしろ学生の側から起こってきているということが問題なのかなと思っています。
 この有用かどうかという問題は、国はもっと表立ってやっていて、2018年問題のお話をしなくてはいけないわけですが、2018年問題というのは少子化に伴って学生数が非常に減ると、2018年を期に、それまでは18歳人口というのは横ばいで120万人だったのがどんどん減って、あと20年経つと80万人になるというような試算もあるようですが、その際に安倍政権はどういうような政策を行ったかというと、基本的には東京にある大規模な私立大学に対して定員をちゃんと守れと。定員を守れと言った結果、例えば慶應の場合はどうなるかというと、法学部に限りますが、大体4人に1人は内部進学生です。4人に1人はAO試験、4人に1人は指定校推薦だったりとか帰国子女入試とかその他諸々の入試で、実質的に一般入試は4人に1人しかいないくらいです。一般入試は枠を狭くすれば狭くするほど偏差値が上がるんですね。入試の問題の難易度を上げるよりも簡単に、そもそも合格者数を減らせば偏差値が上がる。削られた定員はどこから削るかというと、一般入試から削るんです。一般入試から削った結果どうなるかというと、ますます地方から受けにくくなる。何故かというと、東京の高校と違って地方の高校はセンター入試を受けて国立大学を受験するというのがまっとうなルートと教わる場合が多いからです。ますます東京の私大の地方大学化というのが広がると思うんです。
 それともう一つ(安倍政権が)同時にやったことは、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換を行えと有識者会議で言ったわけです。これは当然大きな批判を浴びて、文科省が火消しに走ったそうですが、僕が問題なのは、これは必ずしも文科省の側だけでなくて私立大学の側にも責任があるのではないかと思っています。読売新聞の調査によると、192の大学に「これから皆さんの大学はどういう風にしてこの問題に対処しますか」と聞きました。その結果、143は広報を強化しますと言いました。124は設備投資を増加させ、新キャンパスを作ったり教育設備を充実する。100は就活支援を充実させる。73はコストカットします、ということでした。つまり、そこにあるのはSNSを活用して大学の情報を発信する、新キャンパスを整備するといった非常に抽象的で、なおかつ就活予備校化、サービス業化を進めるに過ぎず、どうやって研究を充実させるかとか、ちょっと古風な言い方ですが学生の自治みたいなものをしっかり言って、ちゃんと学生が学べる環境を作るというような回答が一切なかった。ですから、単に安倍政権だけを批判しても僕は仕方ないと思っていて、文科省と大学の経営陣がいわば共犯関係的に大学の施設を新調し、情報発信を行えば学生が来る、そうすれば就職が有利になると論理をすり替えている。まさに大学運営に経営倫理を徹底させているんですね。

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 大学の自治ということに関して言えば、慶應大学ではほとんどビラ一つ配れない状況が続いています。僕は新歓(新入生歓迎)の時期にどさくさに紛れて配ったことはここで告白いたしますけれども、それ以外はほとんど厳しい。思えば21世紀に入ってからは例えば(京大)吉田寮の撤去は2018年ですが、一つのエポックになったのは2001年です。2001年は東大駒場寮の強制排除がありましたが、ちょうど時を同じくして早稲田大学の地下サークル部室事件も起きて、表向きには革マルの排除ということですが、実質その後出来たサークル部室というのは監視カメラが徹底し、学外者は入れない、こういうことが徹底され、自治というものから遠のいたように僕は感じています。それはほとんどの大学で同時的に行われてしまい、21世紀に入って以降は、同じ大学の旗の下に何かの運動に結集しようということが、ほとんどやりにくくくなっている。何々大学自治会みたいなものがほとんど機能しなくなっているんだろうと思います。慶應に関して言うと、例えば「Safe Campus Keio」という団体があって、要はどんなジェンダーの人であっても安全な大学生活を送れるようにというようなことを言っていますが、どちらかと言うと非常に「いい子」がやっているんですね。どういうことを訴えるかというと、署名を持って行って学生の代表にそれを提出する、それでいいんだみたいな感じで、ビラを配ったりとかはそれはできないという感じですし、ましてや今回のコロナ情勢で街頭に来てよと言っても、そもそも今一歩も外出ないんだみたいになっていて、より賢く、早い話が就職活動でこういうことをやりましたと言っても、ぎりぎり受けるレベルの社会運動に変化してきているのかなと思います。さすがに街頭でビラを撒いたというと、たぶんどこでも落とされると思いますが。大学で例えば当局を巻き込んであらゆるハラスメントをなくす運動をしましたと言ったら、たぶん多くのメディアだったら受けると思います。こういう風にいかに受けるか、後ろ指差されないかみたいな風に運動がどんどん委縮しているという状況があると思います。
 ここで学生の問題にもなるわけですが、60年代に比べても学費というもの、あるいは授業、授業の商品化というのもコロナで非常に如実になった訳です。今までは授業を取りたいと思っても、教室を適当にふらついて歩きながら、ガイダンスの時期だったら、この先生がここでこんな教科書を持ちながらこういうことを喋っているんだと後ろから見て、ちょっと入って面白そうだなと履修したことがありました。たまたま隣の空き教室に行ったら、文芸批評論の少人数の授業があって、取ったら非常に面白かった記憶があります。それは他学部でしたし、何故か経済学部に設置されていた少人数授業で、文学部のシラバスにも載っていなくて、それはたまたま大学という箱があって、たまたま面白いことやっていなかと覗いたら発見できた授業であり、出会いであった訳です。これが今ですとオンライン授業というのは完全に通信販売というか通販に近いんですね。選り取り見取りで選べるんですけれども、この授業を聴いたらこれだけの成果が得られるというがシラバスに書き込まれていて、そこからの逸脱も許容されなくなっていると聞きます。ですから、ますます授業料の対価としての教育サービスとしての授業、こういう風になってきた。そういうサービスを受けてきた学歴を得れば、これからは安泰かは分かりませんが、財閥に入るなり、今だったら慶應だったらコンサルタントが人気らしいですね。1年目からかなり高い給料を稼げる、そういうレベルらしいですから、どんどんそういう風に学歴があればいい仕事が得られるという状況は変わっていない。もう一つ人気なのはGAFAですね。グ-グル、アップル、フェイスブック、アマゾンこういうところ。僕のイメージだと多くの人はコンサルに行き、優秀な人がGAFAに抜かれ、割と体育会気質で根性がある人が財閥に行くみたいな構図で、割と真面目な人が公務員に行く。あまり変わっていないようですが、結局、そういう状況というのはますます拍車がかかっているのが現状ではないかということを改めて申し上げたいと思っています。
 ところで、1972年の慶應の医学部の新聞のコピーを持ってきましたが、これを読んで非常に面白かったんですね。当時は文科系の授業料が8万円から12万円に値上がりをする、特に問題含みだったのは医学部が20万円から50万円になった。2倍以上の開きがあったので、この時は慶應で一番盛り上がった年だと思いますが、新聞を読んで面白いと思ったのは、塾当局は学生部を通じて学生諸団体を集めて諸団体向けの説明をやったと、今でいうところのサークルを集めて学費値上げを発表したんですね。ここに学生個人という存在は入りえなかったわけです。一方で、これが面白いなと思ったのは、教授陣の中にも同情的な人が多かったから、彼らをどう説得するか苦心したみたいなことが書かれています。ここが今本当に大きく変わってしまった。つまりサークルが一種の政治的な中間団体の役割を果たしていた、あるいは教授というものもそうだった。今はそこがほぼ完全に解体されてしまいました。というのも、慶應はオンライン授業になった今年、僕の学部は1万5千円値上げをしている訳です。説明は一切ありませんでした。あったのは、慶應の広報の冊子に紙が1枚ペラッと入っていて、学費値上げしますと。理由は物価スライド方式を取るからということです。この大学当局の学費改正案(説明)に対して、サークルの人たちはほぼ全員参加した訳です。今もしこれをやったら、ほとんどのサークルは委任状を書くか来ないと思うんですね。あるいは教授の人たちも、まあいいんじゃないのと。むしろ困るのは非常勤、非の教員が今は朝日新聞の2年前の記事だと半分いる訳で、彼らは極端に分かれて、大学が学生に手厚くやれば次に切られるのは私たちだと、弱者が弱者で自分たちを苦しめるみたいな構図になって、国に訴えていこうと言った非常勤の方も少なくて、僕たちもきついから君たちもきつくていいじゃんみたいな、大学に金返せと言われても次に首切られるのは私たちだよという話にどんどんなってしまっているんですね。ましてや大学教授たちも諸々ですよね。今日のニュースで読みましたけれど、長崎大学で10万円を使ってプリンターとスキャナーを買って下さいと大学の先生から高圧的に飛んできて、そもそも食える食えない学費がどうというレベルでこっちは苦しんでいるのに、10万円を何に使えと指示をしてくるのは何事だみたいな問題になっていました。まさに大学教授も千差万別になってしまって、今までは体制派、非体制派とかでしたけれども、そもそも体制派、非体制派どころか経済的に体制側と心情を一緒にしなければやっていけないような、そういう非正規の教員がいっぱいいる。こういうようなことが増えたので、今までみたいに、この教員はシンパだとか党派の色だけでは測れなくなってしまったというのが大きいのかなと思っています。
 ちなみに栗原康さんの『働かないでたらふく食べたい』という本を読んでいたら、半期非常勤の講師を1コマやったら10万円しかもらえないと。後は執筆はあるけれどもそれしかないというような話を書いていました。僕のお世話になった非常勤の先生方は、そうならないためにコマを入れまくるんですね。3つの大学で教えているという先生がいらして、明治、慶應、もう一つ、日によって行くところが違うどころか、神奈川県の日吉に行った後、杉並区の明大和泉に行くとか、1日のうちにこなしている先生もいらして、研究をしている余裕がないという話も聞きました。あるいは予備校の先生を名古屋でやりながら、お金のためというよりは今後のポストを得るために若手は非常勤でも何でもやりましたということを上げないといけないわけですから、お金はカツカツだけれども、夜行バスや新幹線で来て、後は予備校の先生をやるという日々を送る先生もいました。まさに今、研究をしている勉強をするとなると稼げない、お金が苦しい、こういうような状況が続いているという現状を改めないといけないと思っています。
 もう少しお話をさせていただくと、オンライン授業が何が問題かという点についても話をしたいと思います。さきほど課題が増えるというのもありましたが、オンライン授業で僕が一番懸念しているのは、大学当局がこの先生がこういうことを喋っていたのだというような記録が残ってしまうことです。それで言論弾圧が起きる可能性も否定できないというのもありますが、一番は先生方が委縮してしまう、カメラが入っていることで授業が委縮してしまう恐れがあるのではないかということです。例えば僕の知り合いのある先生は、結構攻める授業をやっていた。日本近代文学の必修の授業で、日本近代文学の授業となると森鴎外とか夏目漱石とかそういうのをみっちりやるんでしょうが、その先生は近代というものを問い直して欲しいとお考えになっていて、ハンセン病の話だとか在日文学とか戦争と文学とか、そういう本当に近代を問い直すということで授業をやってらっしゃった。ただ、すごい懸念されていたのは、大学がアンケートを取るんですね、授業の15回目でこの先生はどうでしたかと。結構政治的に偏っていたという書き込みがあって、もちろん慶應に関しても右から左までいろんな先生がいます。ただ僕はそれこそが大学の一つの醍醐味ではないかと思っているわけです。カルチャー講座ではないわけですから、高校までの教科とは違って、本質そのものを問う授業というものが本来大学で必要なんですが、本質を問えば問うほど何を言われるか分からない。一番典型的なのは、「フェミ科研費裁判」というものがありますけれども、大阪大学の牟田和恵先生、フェミニズムの教授の方ですが、慰安婦問題という言い方、旧日本軍性奴隷問題と呼ばなければいけないのですが、いわゆる慰安婦問題、性奴隷問題に関して研究をしたところ、杉田水脈に国益に反する研究だ、科研費を打ち切れと言われていた。今は裁判になっている訳ですが、このような裁判を抱えている、しかもそれが右翼とかそういう人の攻撃によって裁判を抱えているような先生もいるわけです。そういう先生からしたら、オンライン授業だったら誰が録画して誰がこの録音を持って行くかが分からない訳ですね。大学当局がということよりも、中にネトウヨ系の学生がいたり、あるいはそういうのに雇われた人が侵入して、例えばそれを「売る」ということだってあり得るわけで、オンライン授業は学校現場の委縮は容易に想像できる訳です。それは天皇機関説を唱えた、美濃部達吉の後のに来たのが筧克彦で、東大の憲法の授業で日本体操をやったことから明らかなように、いつの時代も体制に近い教員というものは、特にこういう時代になると重宝されるということは言うまでもない訳です。ですからオンライン授業というものは、あくまでも臨時的なものでなければならないという訳です。というもの、放送大学とか通信大学は学費が年間10万円とか非常に安いんです。慶應の通信も3年間通って全部で20万円前後、もちろん授業数取るだけ増えますけれども。通信と正科の課程ですと、例えば図書館がどれだけ使えるかとか、デ-タベースにどれだけアクセスできるかが違うので、一概には比較できませんが、そもそも実質的に通信大学になっているにもかかわらず、学費は10倍近くかかっている。これは諸悪の根源は、そもそも学費が高すぎることであるというのを改めて訴えていきたい。

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 僕はドイツに去年の夏、1ケ月ほどホームステイしていましたが、ドイツの学生に話を聞きました。日本の大学から今ドイツの院に行っている人ですが、ドイツの学費は基本的に年間4万円なんです。4万円あれば1年間その街で電車に乗り放題の券がもらえるし、この学生証があれば博物館、美術館全部無料だと言われた訳です。定期券を買うより学生になった方が安いかもしれない。しかもビックリしたのは、その券があると付き添いの人も無料になる。ドイツすごいなと思いました。あとドイツに行ってビックリしたのは、ベルリン市が経営している政治文化センターみたいのがあって、政治学とか社会学の結構難しめの本、大学1・2年で輪読するような本がずらっと本棚に入っている図書館みたいなところがあって、市民は半年に3冊くらいまでタダでもらえるんです。学生はもっともらえるんですね、月に6冊くらいもらえるらしく、僕はその人を連れて行って4冊くらいドイツ語の原書をゲットできた。もらえるというは本当にすごいなと。ドイツ語はきつかったので英語で聞いたんですけれど、「この本をどうやって選ぶのか」と聞いたら、大学の先生とかいろんな人が集まって、次はこういう本を入れていこうと決める、しかもホロコーストとかドイツの戦争の歴史とか、東ドイツは何だったかとかSNSは私たちをどう変容させるかとか、全て興味深いものです。これが日本で、首相が年末休みで読んだ本3冊といったら、『日本国記』とか入っている。日本の保守政治家が選んだら百田尚樹ばかりの本棚ができかねない。やはりドイツに行って文化レベルの違いを感じ、そこの根幹にあるのは、学生というのは誰でも成績さえ取れればなれる、成績さえ取れれば年齢も問題ない。10年学生やってもいい。あとドイツの市民運動も非常に勉強になりました。1点だけ面白かった話をすると、慰安婦の日というのが8月14日にありますが、僕はドイツで過ごしたんですが、あいちトリエンナーレが慰安婦像問題で揺れている時に、ベルリンでも同じ像、慰安婦像という言い方は本当は良くなくて、あれは本来平和の少女像であるんですけれども、あれを地下鉄に乗せるんですよ、ドイツは地下鉄に改札がないので通り抜けられる。その路線は車両の行き来ができない、貸し切り状態になっているので、ビックリしたんですけれども、その像を車椅子で運んで、韓国系の団体の方がミニ拡声器を持ち出して車内でアジを始めたんです。アジといってもみなさん歴史を知っていますから、ビラを撒いて余ったビラを電車に置いておく。日本はこれはできないな、日本だったらどういう目に会うか分からない。こういう風に公共圏というのは誰にでも開かれている場所であり、デモもそういう形だし、もちろん学校大学というのも誰にでも開かれている。FridaysForFutureのデモにも行きましたが、金曜日のまっ昼間からやっているわけです。日本のFridaysForFutureは金曜日の夕方6時からやっている訳で、あれは全然学校ストライキじゃないんですよ。あれはむじろ週末ストライキで、あれは本当は昼にやらなければいけない。学校休むことに意義があると僕は思います。ということで、どうしても日本はドイツに比べると。まだまだ運動というものが根付かず、なおかつ自分たちで自分たちの首を絞める状況が続いていると思います。
 こうした状況を変えるためには、大学を誰にでも開かれた場所にする。もちろん成績という一つの足切りは必要かもしれませんが、学費を下げれば、10年間大学生をやってもいいやという道も開ける訳ですし、あるいは就職をしたいからと早期に卒業していく人もいてもいい。そのために何が必要かと言えば、もっともっと大学の経済的な垣根を下げていくことに他ならないと思います。学生団体「FREE」は共産党などの野党候補の政治家に入れれば学費が下がると言っていますが、それだけで下がるのかなと。僕は選挙で変えられるとは必ずしも思っていない問題で、これは本来的には左も右も関係ない問題なんです。むしろ日本の国力を上げたいと保守派が言うのであれば、留学生にバンバン金を配れば「親日派」を養成できるんですよ。なのに留学生にだけ(緊急給付金に)成績要件をつけて差別するというのは、東アジアとかからかわざわざ日本に来てくれている留学生を冒とくするどころか、括弧つきの親日家にするチャンスを逸しているんです。本当に情けない話で、僕に言わせれば左も右もない問題で、経済問題ですし、なおかつ学ぶ権利の問題ですからこれからも訴えていきたいと思います。
話が長くなりましたが、この辺で質疑応答等いろいろ意見いただければと思います。本日はありがとうございました。

(質疑応答に続く)

【お知らせ その1】
「補償なき『自粛』要請と、学費問題を考えるシンポジウム」

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とき:2020年7月19日(日)13時半~
場所:日本橋公会堂会議室(水天宮前駅徒歩2分)
資料代:500円

日本政府の留学生再入国「禁止」措置により足留めになっている当事者(オンライン中継)、「武蔵大学に学費の減額を求めます」署名の中心メンバーの女性、
「要請するなら補償しろ」デモ参加者メンバー、今回の情勢を鋭く批評しているライターの方などに登壇していただきます。


【お知らせ その2】
代島治彦監督の新作『きみが死んだあとで』製作支援金(カンパ)のお願い


チラシ表_page0001_1_1
 代島治彦監督の新作「きみが死んだあとで」は2021年春の公開をめざして、製作を進めています。
 前々作「三里塚に生きる」前作「三里塚のイカロス」と同様に確実に作品が完成する予定が立ったところで、製作支援金(カンパ)のお願いをすることにしました。
 後半の製作予算となる編集費、ポストプロダクション費(音楽制作、映像調整、整音・音響効果、上映素材制作、英語字幕制作など)が約400万円、公開に向けた宣伝予算が約300万円。
 後半の総予算のうちの「500万円」を最終目標額に製作支援金(カンパ)を集める活動を開始します。下記要項をお読みいただき、新作「きみが死んだあとで」へのご支援を心よりお願い申し上げます。
きみが死んだあとで製作委員会
製作支援金〈種類と特典〉
個人支援一口以上:10,000円以上
 特典①=映画本編エンドロールにお名前を掲載
 特典②=映画パンフレット・DVD進呈
団体・法人支援一口以上:100,000円以上
 特典①=映画本編エンドロールに団体名・法人名を掲載
 特典②=映画パンフレット・DVD進呈
〈「お名前掲載」に関する注意事項〉
映画本編エンドロールにお名前・団体名・法人名を掲載したい方は、映画製作スケジュールの都合上、2020年8月7日(金)までにご支援ください。
この期日以降にご支援いただいた方は映画公式HP上にお名前・団体名・法人名を掲載させていただきます。
製作支援金〈振込方法〉
◎「郵便振替」の場合(赤色払込取扱票を使用)
(※赤色払込取扱票は加入者が発行しますので、下記にお問い合わせ下さい。)
口座番号  00100-2-604909
口座名称  きみが死んだあとで製作委員会(キミガシンダアトデセイサクイインカイ)
◆赤色払込取扱票に〈お名前・ご住所・ご連絡先・金額〉をご記入の上、お振込みください。
◆映画本編エンドロールへのお名前掲載を希望されない方はその旨をご記入ください。
◆ニックネームでのお名前掲載を希望する方はニックネームをご記入ください。
◎「銀行振込」の場合
銀行名   三井住友銀行
店名    三鷹支店(店番号247)
普通預金  口座番号7486673
口座名義  きみが死んだあとで製作委員会(キミガシンダアトデセイサクイインカイ)
◆上記銀行口座へお振込みください。
◆ 銀行振込後、下記メールアドレスまたはFAX番号まで、〈必須なお知らせ事項〉〈関連するお知らせ事項〉をお知らせください。
〈必須なお知らせ事項〉
① お名前 ②ご住所 ③電話番号またはメールアドレス ④振込日 ⑤金額
〈関連するお知らせ事項〉
映画本編エンドロールへのお名前掲載を希望されない方、ニックネーム掲載を希望の方、また領収書送付が必要な方はその旨もご記入ください。
お知らせメールアドレス sukoburukobo@gmail.com
お知らせFAX番号 0422-36-6010
《お問合せ》
きみが死んだあとで製作委員会
〒180-0013 東京都武蔵野市西久保2-15-22 スコブル工房内
E_mail:sukoburukobo@gmail.com
TEL&FAX:0422-36-6010
緊急連絡先:080-5407-8739(代島携帯)

長編ドキュメンタリー映画
きみが死んだあとで
2021年公開予定
製作・監督・編集 代島治彦
撮影 加藤孝信
音楽 大友良英
制作 スコブル工房
企画・製作 きみが死んだあとで製作委員会
日本/2021年/4K撮影/204分(予定)

【お知らせ その3】
「続・全共闘白書」好評発売中!

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A5版720ページ
定価3,500円(税別)
情況出版刊

(問い合わせ先)

『続・全共闘白書』編纂実行委員会(担当・前田和男)
〒113-0033 東京都文京区本郷3-24-17 ネクストビル402号
TEL03-5689-8182 FAX03-5689-8192
メールアドレス zenkyoutou@gmail.com  


【1968-69全国学園闘争アーカイブス】
「続・全共闘白書」のサイトに、表題のページを開設しました。
このページでは、当時の全国学園闘争に関するブログ記事を掲載しています。
大学だけでなく高校闘争の記事もありますのでご覧ください。



【学園闘争 記録されるべき記憶/知られざる記録】
続・全共闘白書」のサイトに、表題のページを開設しました。
このペ-ジでは、「続・全共闘白書」のアンケートに協力いただいた方などから寄せられた投稿や資料を掲載しています。
知られざる闘争の記録です。

http://zenkyoutou.com/gakuen.html


【お知らせ その4】
ブログは隔週で更新しています。
次回は7月24日(金)に更新予定です。