
(ブログの字数制限の関係で2つに分けてあります。No230-1から見てください。)
『「見まわり隊」は「村の臨時職員」として約400人雇われた。集落でチームを作りローティションでやっているが、一回の出動は休み時間もあるが8時間だ。村民の雇用だと国から補助金を引っ張って来たが、これとて来年の3月で切れる。
いいですか、村の安全と村民の雇用の「見まわり隊」だが、もう一つの側面は私たちが再被爆に晒されているということだ。政治家や村の上層部は被爆という最大のリスクを頭に入れて物事を進めているいるのか? 幾つもの疑問符が避難生活後に生まれていて、これは心ある村人が思っていることなのです。
地区ごとに除草を始めた。これは防災と除染のためでそれは良いのですが、地区により作業中の放射能への対応がまちまちだ。うちの地区は埃を吸い込む手刈りはしないで、マスクをしながら線量計で測りつつ(6.5マイクロシーベルト/時、除草後5マイクロ)密閉式のトラクター(室内2マイクロ)でやったが、他の地区ではマスク無しで手刈りの所もある。
行政指導と村民への情報がまだ行きわたっていないのです。村の被爆調査は村民の1/10、600人が終わっただけだ。
Q: 先日村の除染計画が新聞に出ましたが。それによれば区長が除染リーダーになり、集落の人には除染教育をして行うと出ていました。またあれから約半年たちましたが汚染の状況はどうでしょうか?
長谷川: 除染の声は聞いているがまだ我々の所には来ていない。これ(「広報いいたて」8月30日発行/20地区で行った村独自の放射線量調査)を見て欲しい。
俺の地区は19の前田字福田地内宅地だ。(以下、マイクロシーベルト/時)
前田宅地(地上) 1m 1cm 10/30に訪問する飯舘ふぁーむの小宮地区
8月11日 5.27 9.30 7.70 8.50
8月18日 5.10 9.23 7.85 8.00
世間に発表された数値の倍はあるというのが実感だし、11日より増えた地区も幾つかある。セシウムは「土着と浮遊」を繰り返しているのではないか。
村の除染計画は宅地2年、農地5年、山林20年でとりあえず国から6億円引っぱって来たが(10.28飯舘ふぁーむ伊藤さんのブログによれば、24日に避難民と村役場の懇親会があり3200億円の予算を国に要求した)、根拠がない数値だと思う。仮に除染で宅地が半分の数値になっても、これでは住めない数値だ。
宅地と水田は平だからやり易いが畑と山林は勾配があり除染は難しいし、山林は除染出来ずに「気の遠くなる自然消滅」を待つ、すなわち放置されるのではと思っている。まだ誰も山林の線量を測っていないので、線量計を持って山に入ってみようと思う。
チェルノブイリでは山林といっても日本と地形が違う、向うはかなり平らな森林地帯。だがチェルノブイリでは山林の除染は放棄された。飯舘村は230平方キロメートルでその75%が山林なのです。宅地や田んぼは除染されて低くなったが、山林の風や水でまた高くなるのではと危惧している。
除染は村の雇用というが、我々村民は被爆者なのです、被爆した者をまた再被爆させるのかといいたい。我々が汚したのではない、汚した人がきれいにしていくべきだ。
Q: 聞きにくいところもあるのですが長谷川さんのご生計は?
長谷川: 東電から1世帯100万円、1人30万円出ただけだ。見まわり隊が月10万円、頂いた義援金を食いつぶしている。
このままでは飯舘村は世間から忘れられてしまう、そうならたいめにも3.11後ビデオカメラを買って村の記録を残すことに勤めている。ボランティアでやっているが、声がかかれば3.11以降の村の現状を説明するために出向いている。
Q: 原発被災地の風評被害や都会の若い人のデモについてどう思いますか?
長谷川: デモはやった方が良いし共感もしている。世界的に有名になった飯舘の農産物を買う人はいないだろう。我々は生産者なのです、生産者として安全安心な物を届けるプライドがあるのです。そのプライドを守って行ける村の現状ではない。
Q: 最後に一言お願いします。
長谷川: がんばろうと思うが半年、1年、2年先がまったく見通せない。
人生の計画が立てられない、そこに苦悩焦燥がある。
分村計画も有識者からささやかれているが、村の伝統共同体意識を守るのは難しい。俺達世代でも帰る人、帰らず避難先の家族と暮らす人、俺達世代が亡くなったら村は廃村という実感もある。
見通せない先を少しでも具体的に見通せるようにする戦いはこれからだと思っている。』
(終)
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