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(No298-1の続きです)
(写真はウシトラ旅団ブログより転載)

結構大変ですけど、だけどそれはとても楽しいことでもあります別々の学校に行っていて仲が悪い子どもたちを「仲良しにしてやるかぁ」と、「キャンプにでも連れて行くか」という試みをやったりもしました。目指した仮設の「子ども会」発足にはまだ辿り着きませんが。
(写真は)その子供キャンプで掲げた自治会旗です。自治会旗は私たちが作って、餅つきの時に持ち込んだものです。餅つきの打ち合わせの時に「賑やかにやりましょう、横断幕を作りましょう」と提案して、コピーやデザインをそこで話して作ったものなのです。自治会旗(横断幕)は今でもよく使われていて、「こんな立派な自治会旗あるところないよ」と自分たちは言っている訳です。ものすごく単純なことでも、できることをやっていくということが、一緒に進んで行ける方法の一つなのかなと思いました。というのは、この自治会旗を作る時に、12月の末でしたから、水戸の印刷所の人に「こういう物を作りたいんです」と頼んだら、「実は私も双葉郡の出身なんです。そういうことなら特急でやり ます」と言って急いでやってくれたり、全然見ず知らずのところにいきなり電話して、「獅子舞やってくれませんか」と頼むと、「いいよ」と言ってくれる。それも水戸の人でしたけれど、そういう心持の人は実はたくさん居て、どうやってそこに手を伸ばしていくのかということをやりさえすれば、考えさえすれば、私たちみたいに金も力もないところでも、ある程度のことは出来るわという経験だったのです。
この1年、避難区域の3区分が終わって、新しい暮らし方をどうやっていくのかというところで、被災者の人たちが試されるところに来ています。頑張って支援活動をやり続けたいと思っています。何かありましたら、またよろしくお願い致します。
ということで金も力もない中で2年間活動をやり続けてきましたが、何とか社会的信用と支援のお金を引っ張れるようにと、NPOにすることにしました。
今、申請中です。うまくいけば、夏にはNPOに出来るかなと思っております。
今日は申込書を持ってきました。正会員は総会に出て発言して議決権があります。年会費1万円。賛助会員は議決権はありませんが、総会に出て発言することが出来ます。もしよろしかったら、ご協力をいただきたいと思います。』

Y・R『皆さんもいろいろ判断して、出来るだけ協力してください。ウシトラは方位のことだそうです。』

H『東京から見て東北は丑寅の方角です。』

M・H『最初は演劇集団かと思った。』

H『それもよく言われます。』

Y・R『あとはホームページを見ていただければ、この間の活動が出ていますので、それを見て判断して、1万円出せば最後の議決権まであるそうですから、判断してください。
さきほど、我々から見えない福島のいわきの状況など聞かせていただいたんですが、その中で中央台にどんどん住宅が出来てきているという、この中央台というのはいわきですか?』

H『そうです。いわきです。』

Y・R『原発の事故がある前に宅地造成はされていて、そこに家が建っているというのは、民間レベルで全部やっているんですか。それとも県や行政がからんで、そこに作ってという仕組みなんですか。』

H『仮設はもちろん町が作る。周りに建っている新しい家というのは個人が建てている家です。』

Y・R『中央台というのは仮設もあるし、個人が建てているものもあるんですか。』

H『そうです。元々が団地ですが、そこに家が建っていなかったという状態だったんです。空いていたんです。今、双葉町の人たちの仮設住宅がある勿来の南台というところもその状態です。いわき市の中央台と南台は分譲地なんです。』

Y・R『そこは、仮の村レベルのそういうようなものとしてやろうというような、上からのプラニングじゃなくて、実際に民間の人が家を作るという形でつくられているんですか。』

H『それは仮の町とは全然関係ないです。』

N『資金の目途が付いた人が、個人で建てている訳です。ですから、その住宅が見え、仮設にも暮らし、様々な模様がある訳です。中央台は個人で資金の目途が付いた人が家をどんどん建てている。富岡の仮設の中にも、いわき市に息子さんが個人で家を建てる目途が付いたということで引っ越していくとか、日常的にも見える訳です。』

Y・R『行政がいろいろやっているうちに、民間の自力でいろいろやって、仮設もどんどん無くなっていくというのが、実際には進行しているということですね。』

N『一方で、双葉郡の行政を通じて、県及び国との関係で復興住宅構想という問題もある。』

H『復興住宅はまだ殆ど手が付いていないので、どうなるか全然分からないです。作ると言っても、数がそもそも少ないので。』


(No298-3に続く)