
(No316-1の続きです)
若者たちの交渉は平行線だったんですが、丸の内署が「外だったら大目に見る」ということを言い出した。今度は「テントから出て行ってください」という話になって、「ハイ分かりました」ということにはならないので「出て行って欲しいということは分かった。出ていけという話があったことをテントの中にいる皆さんに伝えて、一晩かかかって審議してみましょう。」と言って引き取ったが、皆さん出て行かないということで、そのまま朝までいることになった。
朝の10時に返答をよこせということになっていたので、あまり議論はしなかったけれど、「出て行かないことになった」と返答して、この議論が2日間続くことになるんです。
同じことを3回もやることはできないので、「この土地を脱原発テントに貸しなさいという提案をするつもりだった」と言った訳です。そうしたら、「それはちゃんと手続きを踏んでもらわないと困る」ということで、文章を作って提出した。
提出した時は、まだ9条改憲阻止の会がお金を出してテントを借りたということがあるものですから、9条改憲阻止の会の名前で、この場所を貸せ、という文章を紙に書いて出した。その時に9条改憲阻止の会の代表として正清さんの名前が出ている。
以降、この名前で交渉が続く訳ですが、正清さんの名前はここでハッキリする。私は交渉の窓口だった。
テントが誰のものかという議論になった時に、どう考えても9条改憲阻止の会とは言えない状況な訳です。またテントを建てたのも、9条改憲阻止の会が独自に全面的にやった訳でもない。そこで、テントの所有なども含めて、改憲阻止の会は降りるということになり、10月の会議で経産省前テントひろばという名称も含めて確認された訳です。
その時の代表が私です。
ところが経産省との交渉ごとは改憲阻止の会の名前でやっているので、具合が悪い。
途中で9条改憲阻止の会とテントひろばの連名で文書を出したりしていたんですけれど、ある時から9条改憲阻止の会の名前をはずしちゃったんです。
そうしたら改憲阻止の会の名前がないものだから、向こうがビックリして、「そんなものは受け付けられない」と言ってきた。
向こうからは9条改憲阻止の会からテントひろばに承継がなされたかどうかについての証明を持ってこいという話になって、承継することにした。
そこから、経産省前テントひろばという名前が先方に公式に明らかになるという状況です。
名前と住所と印鑑がハッキリしているのが私と正清さんなので、たまたま被告になったということです。
テントは私と正清さんの2人が占有している訳ではなくて、何故、この2名を選んだのかというと、それだけの話にすぎない。これは法律的に意味があるのか。
そもそもこのテントは2人だけでやっているものではないので、テントの関係者全員が重要な関係者であって、テントの撤去に重大な利害関係を持っているんだ。従って関係者全員が法廷で発言する権利があるんだということを主張し始めている。
民事訴訟法の中に、被告になっていなくても、裁判に参加できる資格として補助参加というような制度があって、淵上と正清だけではなくて、皆が当事者なんだということで、補助参加なりの申請をするということを言っている。
11月の口頭弁論の後に具体的なことが出てくるかもしれませんが、もし申請をして一定の了解が得られれば、発言者が増えることにより一定の時間がかかる。
今、当事者として確認が得られている方は370人くらいいて、この人たちに全部キチンとした陳述書を書いていただく。全体として、この裁判が2人の裁判ではなくて、テント全体にかけられた問題であり、共同参加を決意している370人だけでもなく、言って見ればテントに対する裁判を撤回してくださいという署名をやっていますけれども、1万人を超えています。この人たちの課題として、この共同参加のことをどうしても追及したいということがあります。追及して一定の限度があれば、たぶん認められることになると思います。
今まで、行政訴訟の中で1万人近い方が共同参加というか補助参加をしている例が公害問題などであります。
問題は、裁判が長引けばいいのかというのが一つあるんです。テントの問題は第一審が長引いている限り、少なくとも我々は安心してあそこに居られる。安心してというのはどういうことかというと、仮処分が出ていますから、淵上と正清はあそこに居ていいことになっているんです。法律的にむしろ居なくてはダメみたいな形になっている。
(No316-3に続く)
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