今回のブログは、鹿児島県の種子島で馬毛島の基地反対の活動を続けている牧 洋一郎さん(明大農学部出身)から、基地反対運動の状況を知らせる投稿があったので、掲載する。
「鹿児島県種子島の属島・馬毛島は宝の島か、それとも金色夜叉の島か」は、No614 の中で掲載済みであるが、新たに投稿があったので、それと併せて掲載することとした。
馬毛島は、鹿児島県の大隅諸島にある熊毛地域と言われる地域にある。以下の地図を参照していただきたい。

熊毛地域in鹿児島県

赤い部分、左から口永良部島、屋久島、種子島。種子島の近くの小さな島が馬毛島である。
また、種子島は3地域に分かれ、上から西之表市、中種子町、南種子町となっている。

馬毛島への基地整備をめぐる動きを簡単に追ってみると
2011年6月 日米外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)の共同発表で馬毛島を米軍FCLP(陸上空母離着陸訓練)の恒久的施設として明記
種子島・屋久島の1市3町の首長と議長でつくる米軍基地等馬毛島移設問題対策協議会が防衛省に抗議
鹿児島県議会が反対の意見書を全会一致で可決
2017年3月 西之表市長選で移転反対の八板俊輔氏が初当選
2019年11月 政府が地権者から約160億円で馬毛島の土地を購入することで大筋合意
2020年12月 防衛省が馬毛島周辺海域でボーリング調査を開始
2021年1月 西之表市長選で八板氏が基地反対を訴え再選。市議選では賛否両派が伯仲
   6月 西之表市議会が基地容認の意見書可決
   12月 防衛省が自衛隊宿舎などの施設整備案と、米軍再編交付金を22年度予算案に盛り込む方針を種子島の3市町に伝達
2022年1月 日米協議(2プラス2)で馬毛島を訓練移転の「整備地」とすることを確認したと防衛省が地元に伝える
   9月 西之表市議会が馬毛島の小中学校跡地などを国に売却する議案を可決 
  11月 塩田康一鹿児島県知事が県議会で「理解せざるを得ない」と容認発言
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【鹿児島県種子島の属島・馬毛島は宝の島か、それとも金色夜叉の島か】
                                        種子島在住者  牧 洋一郎
 南西諸島の北部に位置する種子島の属島・馬毛島(西之表市から真西12キロメートル沖に浮かぶ8.2平方キロメートルの小島、無人島)では、南西諸島における離島防衛の一環として、自衛隊基地及び米軍FCLP(空母艦載機陸上離着陸訓練)基地を建設中である。昨年は前立腺がんを患い病気との闘いであったが、今年は順調に回復していることもあって、馬毛島の現状を一島民として見て見ぬふりはできぬと思い、基地反対運動に係わって生活している。
馬毛島の葉山港周辺一帯の約2ヘクタールは、西之表市の塰泊(あまどまり)浦集落の共有入会地(民法263条、共同体規制に制約された共同所有地)であり、今でも、他の浦集団にも利用されている極めて重要な漁業基地である。入会権の大家・中尾英俊教授とともに入会権の調査で訪れた島であるが、今は防衛省が基地建設を進めているので、島に上陸することができない現状である。現在、南西諸島の島々では中国の脅威を念頭に、軍事基地の強化・要塞化が進行しており、2019年11月、馬毛島では土地面積の約99%が、開発業者タストン・エアポート㈱から防衛省へ160億円で買収合意がなされ、熊毛地域(種子島・屋久島)の住民らは不安と期待の中で騒然とした状況にある。要するに、熊毛地域の住民らはこのような情勢に、如何に考え如何なる問題を提起せねばならないかを突きつけられているのではなかろうか。
殊に種子島(面積約450平方キロメートル、人口約2万8千人)では、馬毛島にての自衛隊基地及び米軍FCLP基地問題について、自衛隊と米軍の一体化すなわち集団的自衛権(自国に対する武力攻撃がなくても、同盟国が戦火に巻き込まれたときに、是非を問わず助けに入る権利)の行使が取りざたされる中、基地建設反対派住民らは、騒音被害、戦争への誘因・標的、米兵による乱暴狼藉の予想等を根拠に反対しているが、一方、賛成派住民らは、交付金による地域経済の浮揚、地域の活性化、自衛隊家族の転入による人口増加等に繋がると期待し賛成している。島内は基地建設反対派と賛成派の双方に分れている現状である。
それから、行政の対応についても注視すべきところである。2022年2月、西之表市長が防衛省に対し、米軍再編交付金を受け取る意向を示したことについて、新たな局面を迎えることになった(市長は未だに基地整備について賛否の明言を避けてはいる)。そして、屋久島(面積約504平方キロメートル、人口約1万3千人)であるが、基地計画の賛否について屋久島町長は「行政区は西之表市。首長の判断にとやかく言うつもりはない。」「屋久島は観光立島。計画がすすむなら、米軍機がルートを外れ島近くを飛ぶことのないよう、申し入れを続けるなど心しないといけない。」と述べるに留まっている。なお、中種子町と南種子町は基地建設賛成の意向を示している。
今、種子島の島民らにとって、馬毛島は基地建設反対派から見ても賛成派から見ても「宝の島」であることに変わりはないが、反対派からすれば島の自然や漁業を生かした宝の島であり、賛成派からすれば米軍再編交付金(2023年度の交付金28億円)が落ちる棚ぼたの宝の島ということである。また、種子島漁協は漁業権放棄について、防衛省に22億円で漁場を売り渡すことを圧倒的多数(出席漁協正組合員105人中99人の同意)で議決した。まさに馬毛島を巡って、種子島では金色夜叉の世界が訪れていることを意味するものである。
 熊毛の住民らは馬毛島基地着工により、島民の安全な暮らしが破られようとしている。中尾教授は、「平和を守る、あるいは平和を勝ち取ることは費用(カネ)もかかり疲れることである。しかしわれわれ(全人類)の生命を守り、国土を守るためにはそれをしなければならない。それこそが平和憲法を守る途なのである(日本社会と法)。」と論考されているが、然りである。このことを肝に銘じて、島での生活を続けたい。
                           2023年4月16日 

* 本稿は西南学院大学「ほうげん会」への投稿原稿「種子島の属島・馬毛島の基地問題」を加筆修正したものである。

【熊毛地域の現在】
 昨年の一年は、米軍と自衛隊の一体化が加速する年であったが、本年は更にこの一体化の加速化が進行している。FCLP(空母艦載機陸上離着陸訓練)基地の候補地だった馬毛島は、日米政府が整備地として正式決定した。熊毛地域(種子島・屋久島)は南西諸島の離島防衛の一環として、種子島の属島である馬毛島への自衛隊基地建設及び米軍FCLP基地を巡って騒然としてきた。
殊に種子島では、馬毛島にての自衛隊基地及び米軍FCLP基地問題について、自衛隊と米軍の一体化すなわち集団的自衛権(自国に対する武力攻撃がなくても、同盟国が戦火に巻き込まれたときに、是非を問わず助けに入る権利)の行使が取りざたされる中、基地建設反対派の住民らは騒音被害を伴う等の理由で反対し、一方、基地建設賛成派の住民らは地域経済の浮揚等に繋がると期待し賛成している。島内は基地建設賛成派と反対派の双方に分れている現状である。
それから、住民らが基地問題を巡って賛否に意見が分れる中、行政の対応についても注視すべきところである。まず、屋久島であるが、基地計画の賛否について屋久島町長は「行政区は西之表市。首長の判断にとやかく言うつもりはない。」「屋久島は観光立島。計画がすすむなら、米軍機がルートを外れ島近くを飛ぶことのないよう、申し入れを続けるなど心しないといけない。」と消極的な意見を述べるに留まっている(南日本新聞2021年7月21日)。そして、鹿児島県は、昨年11月に基地計画容認を表明し、防衛省は本年1月に基地本体の工事に着手している(同新聞2023年2月25日)。なお、「訓練で国民保護の具体的な動きを確認し、課題を洗い出したい」として、県庁では国民保護法に基づき、他国からの武力攻撃を想定し、屋久島の住民を本土に避難させる離島避難図上訓練が行われている(同新聞2023年1月19日)。
馬毛島沖では、既に防衛省によるボーリング調査が終了し、現在、馬毛島の表玄関ともいえる葉山漁港では浚渫工事が行われている。また、令和3(2021)年1月31日の西之表市長選・市議選では、基地建設賛成派と反対派の勢力が拮抗し、市長選では基地反対派が僅差(144票差)でかろうじて勝利したところである。そして、市議選では14議席を巡って賛成派議員・反対派議員が同数であったが、議決権のない市議会議長が反対派議員の中から選出されたため、賛成派7名・反対派6名となり、僅かに賛成派が上回る結果になっている。
 昨年2月3日、西之表市長が防衛省に対し、米軍再編交付金を受け取る意向を示したことについて、新たな局面を迎えることになった(市長は未だに基地整備について賛否の明言を避けてはいる)。昨年度分の米軍再編交付金7億7千万円余の活用を、本年4月から小中学校給食費を完全無償化する考えを示した。また、このことに対し、一括して交付対象となる中種子町(1億9千万円余)、南種子町(9千万円余)の両町長は好意的に受け止め基地建設に賛成の意を表している。それから、反撃能力の地元配備に、屋久島町は「標的となり危険」であると反対の立場をとっているが、西之表市は「専守防衛」と答えている。(南日本新聞2023年1月3日)
 昨年11月、西之表市長は2市有地(本島下西校区川迎の市所有農地、馬毛島小中学校跡地)を防衛省に売却し、馬毛島島内の3市道(馬毛島1~3号線)廃止手続きを完了した。なお同月、中種子及び南種子の両町は、防衛省と町有地売却契約を結んでいる。
種子島の基地反対派住民らは、騒音被害、戦争への誘因・標的、米兵による乱暴狼藉の予想を根拠に基地建設に反対しているが、他方、基地賛成派住民らは、地域の活性化、交付金による地域経済の浮揚、自衛隊家族の転入による人口増加を望んでいる。ここで、住民の中には、基地誘致問題と企業誘致問題を同程度に考えている人もいるが、基地誘致と企業誘致の違いが施設及び設備設置の恒久性(基地の場合)にあることに留意すべきである。この誘致問題は、同列に扱えない内容を含んでいるのである。

              2023年6月26日 種子島在住者 牧洋一郎

【鹿児島県熊毛地域(種子島及び屋久島)の危機 】 
 現在、琉球弧(九州の南から台湾へ弧状に連なる島列、南西諸島)の島々では中国の脅威を念頭に、軍事基地の強化・要塞化が進行しており、殊に熊毛地域の住民らは不安と期待の中で騒然とした情況にある。そして、種子島の属島・馬毛島にての自衛隊基地及び米軍FCLP基地問題について、自衛隊と米軍の一体化すなわち集団的自衛権(自国に対する武力攻撃がなくても、同盟国が戦火に巻き込まれたときに、是非を問わず助けに入る権利)の行使が取りざたされる中、基地建設反対派の住民らは騒音被害を伴う等の理由で反対し、他方、基地建設賛成派の住民らは地域経済の浮揚等に繋がると期待し賛成している。
それから、奄美大島や徳之島などでは、自衛隊と米軍が最大規模の実践訓練を行って、日米の軍事的な一体化を強く印象付けている。つまり、現実問題として、琉球弧の島々では日米共同訓練が行われ、米国主導のグローバリズムに南西諸島は翻弄されているのである。しかし、主権国家日本にとって、自衛隊は米軍の二軍であってはならないのである。対米従属による現代科学の総力戦(戦争)が、この世の地獄をつくることに繋がる可能性は大なのである。
 私が基地建設賛成派(改憲派)の主張に同意できない根拠として、彼らの見解には、平和的視点が欠落している点である。そして、中尾英俊博士が指摘する通り、改憲派の「自分が戦地に行かず、他人(若者・自衛隊員)に行け」とは卑怯な態度といえる。戦闘となった場合、自衛隊員らの生命の損耗が大きいのである。同博士の「憲法第九条を本当に実効あらしめるには、世界に第九条の意義を認めさせ、世界の各国に軍備禁止の規定をおいてもらうのである。つまり日本が憲法を改正するのでなく、世界に憲法の改正を呼びかけるのである。反核の問題以上に困難とは思うが、平和を願うならばその努力はすべきであろう」という主張に共感を覚えるものである。
 我々は、わが国憲法と日米安保条約・日米地位協定、在日米軍、自衛隊、アメリカの世界戦略の関係を注視する必要がある。また、東アジアにおいて日米中台間に如何なる経済的利害が横たわっているかを追求すべきである。その利害に起因する紛争・戦争が生じた場合、熊毛地域はその最前線に立たされるといっても過言ではあるまい。
 和田英夫博士の「国破れて山河無し、いや国が勝ちても山河無し」という指摘が現代戦争の宿命なのである。この必然を、我々は肝に銘ずべきである。結論として、権利のために闘争し、住民らは平和的視点を持つことが必要であるが、まず何よりも戦争を阻止することによって、この世の地獄をつくらないことである(反戦平和の貫徹)。
 沖縄では基地依存による収入よりも、観光産業による収入が上回るという成果を上げていることに注目すべきであろう。八木沢二郎氏は沖縄について、「かつて基地(米軍)に依存していた経済からサービス(返還基地の商業施設など)、観光等への転換が進み、基地なしでやっていける状況…」と報告している。この社会的・経済的変化は、沖縄の住民が闘いの連続から生み出したものである。また一方で、来間泰男教授は軍用地料帰属につき、「勤労に基づかない棚ボタのカネが、そこらにばら撒かれることを異常と感じていない。これを健全な社会といえるだろうか。しかもこのカネは、ひたすら軍事基地を維持したいという『積極的な意思』を日々育てているのである」と沖縄の実態を憂えているが、種子島において基地賛成派の住民らは逆に、このような事態に期待しており、最も危惧すべき現実問題である。
 今、熊毛の住民らは防衛省による馬毛島基地着工により、島民の安全な暮らしが破られようとしているのである。中尾博士は、「平和を守る、あるいは平和を勝ち取ることは費用(カネ)もかかり疲れることである。しかしわれわれの(全人類)の生命を守り、国土を守るためにはそれをしなければならない。それこそが平和憲法を守る道なのである」と論述しているが、然りである。それから、南日本新聞の社説欄(2023年8月3日記事)に「過度な防衛力強化は周辺国への脅威になり、軍備強化を競い合う『安全保障のジレンマ』に陥りかねない」とあるが、このことは熊毛地域の住民のみならず日本国民全員が考えねばならぬ問題である。
                    2023年8月6日 種子島在住者 牧洋一郎
                                            
<参考文献>
中尾英俊『日本社会と法』日本評論社1994年
和田英夫『学習憲法』評論社昭和41年
八木沢二郎「総選挙の結果」『情況』情況出版2015年1・2月号
来間泰男『沖縄の米軍基地と軍用地料』榕樹書林2012年
樋口陽一=小林節『憲法改正の真実』集英社2016年
小林直樹『憲法第九条』岩波書店1982年
九州防衛支局『熊毛基地(仮称)建設事業に係る環境影響評価書のあらまし』(令和5年1月)防衛省『令和4年版日本の防衛』2022年

(終)

【『はたちの時代』の紹介】
重信房子さんの新刊発売!
『はたちの時代』(太田出版) 2023年6月16日刊行

はたちの時代

前半は66年から68年までの明大学費闘争を中心とした時期のこと(この部分は私のブログに「1960年代と私」というタイトルで掲載したものです)。
後半は69年から72年までの赤軍派の時期のことが書かれています。
定価 2,860円(税込

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「模索舎」のリンクはこちらです。

江刺昭子さんによる本の書評(紹介)です。(47ニュースより)

「あとはき」より
『ここに書かれた記録は、ごく日常的な私自身の身の回りで起こったことを率直に書き記したものです。その分、他の人が書けば全く違った関心角度から違った物語がこの時代のエピソードとして描かれることでしょう。私は獄に在って、何度か癌の手術を繰り返していました。生きて出られないことがあっても、支えてくれる旧友や、見ず知らずの方々にお礼を込めて、私の生き方、どんなふうに生きてきたのかを記録しておきたいと思ったのが、この記録の始まりです。私がどのように育ち、学生運動に関わり、パレスチナ解放闘争に参加しどう生きて来たのか、マスメデイアでステレオタイプに作り上げられた私ではなく、生身の私の思いや実情を説明しておきたくて当時を振り返りつつ記して来ました。獄中と言うのは、集中して文章を書くのに良いところで、ペンをとって自分と向き合うと過去を素直に見つめることが出来ます。楽しかった活動や誇りたいと思う良かった事も、間違いや恥かしい事や苦しかったことも、等しく価値ある人生であり私の財産だと教えられた気がします。(中略)どんなふうに戦い、どんな思いをもって力を尽くし、そして破れたのか、当時の何万という「世の中を良くしたい」と願った変革者の一人として、当時の何万と居た友人たちへの報告として読んでもらえたら嬉しいです。また当時を若い人にも知ってほしいし、この書がきっかけになって身近に実は居る祖父や祖母たちから「石のひとつやふたつ投げたんだよ」と語ってもらい、当時を聴きながら社会を知り変えるきっかけになれば、そんな嬉しいことはありません。
いまの日本は明らかに新しい戦争の道を進んでいます。いつの間にか日本は、核と戦争の最前線を担わされています。そんな日本を変えていきたいと思っています。決して戦争をしない、させない日本の未来をなお訴え続けねばと思っています。なぜなら日本政府が不戦と非戦の国是を貫くならば日本の憲法には戦争を押しとどめる力があるからです。はたちの時代の初心を忘れず日本を良い国にしたい。老若男女がこぞって反戦を訴え支える日本政府を実現したいと思います。』

目次
第一部 はたちの時代 
第一章 はたちの時代の前史
1 私のうまれてきた時代/2 就職するということ 1964年―18歳/3 新入社員、大学をめざす
第二章 1965年 大学に入学した
1 1965年という時代の熱気/2 他人のための正義に共感/3 マロニエ通り
第三章 大学生活をたのしむ
1 創作活動の夢/2 弁論をやってみる/3 婚約/4 デモに行く/5 初めての学生大会/6 研連執行部として

第二部 明治大学学費値上げ反対闘争
第四章 学費値上げと学生たち
1 当時の牧歌的な学生運動/2 戦後民主主義を体現していた自治会運動/3 話し合いの「七・二協定」/4 田口富久治教授の嘲笑   
第五章 自治会をめぐる攻防
1 スト権確立とバリケード――昼間部の闘い/2 Ⅱ部(夜間部)秋の闘いへ/3多数派工作に奔走する/4 議事を進行する/5 日共執行部案否決 対案採択
第六章 大学当局との対決へ 
1 バリケードの中の自治/2 大学当局との激論/3 学費値上げ正式決定/4 収拾のための裏面工作/5 対立から妥結への模索/6 最後の交渉と機動隊導入  
第七章 不本意な幕切れを乗り越えて
1 覚書―二・二協定の真相/2 覚え書き(二・二協定)をめぐる学生たちの動き

第三部 実力闘争の時代
第八章 社学同参加と現代思想研究会
1―1967年 一 私が触れた学生運動の時代/2 全学連再建と明大「二・二協定」/3 明大学費闘争から再生へ 
第九章 社学同への加盟
1 社学同加盟と現代思想研究会/2 現思研としての活動を始める/3 67年春、福島県議選の応援/4 今も憲法を問う砂川闘争/5 あれこれの学内党派対立/6 駿河台の文化活動
第十章 激動の戦線
1 角材を先頭に突撃/2 10・8闘争の衝撃/3 三里塚闘争への参加/4 68年 5月革命にふるえる/5 初めての神田カルチェラタン闘争―1968年6月/6 68年国際反戦集会の感動 

第四部 赤軍派の時代 
第十一章 赤軍派への参加と「七・六事件」
1 激しかったあの時代/2 1969九年の政治状況/3 4・28縄闘争/4 赤軍フラクション参加への道/5 藤本さんが拉致された、不思議な事件/6 7月5日までのこと/7 69年7月6日の事件/8 乱闘―7月6日の逆襲/9 過ちからの出発
第十二章 共産主義者同盟赤軍派結成 
1 女で上等!/2 関西への退却/3 塩見さんらの拉致からの脱走/4 共産同赤軍派結成へ
第十三章 赤軍派の登場と戦い
1 葛飾公会堂を訪れた女/2 「大阪戦争」/3 「東京戦争」/4 弾圧の強化の中で/5 支えてくれた人々/6 前段階蜂起と組織再編/7 大敗北―大菩薩峠事件/8 初めての逮捕――党派をこえた女たちの連帯
第十四章 国際根拠地建設へ
1 前段階蜂起失敗のあと/2 よど号ハイジャック作戦/3 ハイジャック闘争と日本委員会/4 深まる弾圧――再逮捕/5 思索の中で

第五部 パレスチナ連帯と赤軍派との乖離(かいり)の中で
第十五章 パレスチナ連帯の夢
1 国際根拠地パレスチナへ/2 赤軍派指導部の崩壊/3 森恒夫さん指導下の赤軍派/4 パレスチナへの道
第十六章 パレスチナから見つめる
1 ベイルートについた私たち/2 統一赤軍結成/3 アラブの私たちー―赤軍派との決別/4 新党結成の破産/5 アラブから連合赤軍事件を見つめて/6 連合赤軍の最後とアラブの私たち/7 新たな変革の道を求めて

【お知らせ その1】
「続・全共闘白書」サイトで読む「知られざる学園闘争」
●1968-69全国学園闘争アーカイブス
このページでは、当時の全国学園闘争に関するブログ記事を掲載しています。
大学だけでなく高校闘争の記事もありますのでご覧ください。
現在17大学9高校の記事を掲載しています。


●学園闘争 記録されるべき記憶/知られざる記録
このペ-ジでは、「続・全共闘白書」のアンケートに協力いただいた方などから寄せられた投稿や資料を掲載しています。
「知られざる闘争」の記録です。
現在15校の投稿と資料を掲載しています。


【お知らせ その2】
ブログは概ね2~3週間で更新しています。
次回は8月25日(金)に更新予定です。