今回のブログは、『平凡パンチ』(1970年7月13日号)に掲載された記事である。『平凡パンチ』といえば「軟派」的イメージがあるが、「秋田明大獄中インタビュー」のような記事も掲載している。
この記事にある「6・23」とは、1970年の日米安全保障条約が自動延長された日である。この日で70年安保闘争は終りを迎えたが、政治闘争としては72年沖縄返還協定阻止闘争が控えており、闘争が終わったわけではなかった。また、各大学ではバリケードは消えたものの、ロックアウト粉砕闘争などが続けられていた。そんな状況の中でのいくつかの新たな動きをルポした記事である。
「6・23」について以前ブログに掲載した記事あるので、参考に読んでいただければと思う。
No468 明大全共闘クロニクル(年代記) 1970年6月 その3(最終章)
―反安保闘争のゲリラ化と多様化の中でー】『平凡パンチ』1970.7.13号
6月23日、 安保は自動延長された。中核もフロントもゲバ棒を捨てた。長い間の、 彼らのたたかいは6・23で終わりをつげたのだろうか?
そうではない。
6・23以後、 今までとはまったく形態のちがう、新しい闘争の方法も生まれてきているのだ。
「6・23については、別に話すこともないなあ。オレが挫折しただろうって?勝利のない闘いに、?折なんかあるものか。ま、これからオレなりにジワジワやってくさ」(小塚哲男=K大ベ平連)
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「オレは明治公関のデモに参加した。昨年の秋、蒲田駅西口で見た中核派突撃隊のシュールなイメージにひかれて、感覚的に中核に入ったオレだから、こんどの中核の武装放棄への戦術転換については、たしかに複雑な心境だよ。
中核を始め、すべての党派がその路線を模索しているように、オレ自身も摸索中で、いまはなんともいえない」(大沢卓郎=法政2年、中核)
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「明治公関まで行ってみたよ。代々木公園?ナンセンスさ。催涙弾のないデモなんてシンナーのないフーテンみたいなものさ。
しかし、いずれにしたって、あんなデモじゃ日本を変えることなんかできっこないさ。けっきよくは、オレたちフーテンがやっているように、フリー・セックスとかフリー・ラブとか、こういう生活で人間の自由を束縛してるモラルを破壊していくのが確実な方法なんだ、な?そう思わないかい?」(山根和夫=六本木でヤマとよばれているフーテン)
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70年・反安保闘争の最大のヤマ場、6・23は平穏に過ぎて安保はすんなりと、自動延長された。
これからも反安保運動は継続されるのだろうか。6・23までとは、明確に違ったものになるだろう。
6・23までの闘争には大きくわけて二つの形態があった。
一つはセクトや全共闘に見られた実力闘争、もうひとつは、ベ平連の市民運動や民青の合法路線に見られたような、ゲバ抜き闘争だ。
セクトのなかには、これまでとおなじように実力闘争をつづけていこうとするものもある。しかし、全体としては、ベ平連に似たような活動に転向していこうという動きが見られる。
中核、フロントなども6・23以前にゲバ棒を捨て、公害問題を取り上げたりして、幅広い大衆運動をめざす方向をみせた。
こうした転換に対して、学生たちの反応は二通りあった。これに反発して憤怒する者、とまどう者。つまり転換になんらかの抵抗を感じた者と、これを着実な方法として肯定したものたちだ。
とくにいま注目を集めているのは、この肯定派たちの新しい闘争のスタイルだ。その内容は多様で、それぞれ個性的なものになろうとしている。
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ミニ・コミ出版で資金づくり
「仲間になんといわれようと、この四年間で痛感したのは、機動隊の武力の前では、オレたちのゲバ棒なんて、なんの役にも立たなかったということだ。
かといって、いまさら就職する気もないし、ゲバ抜きのナマぬるい闘争を続ける気にもなれない。田舎にかえって百姓をやる気もないんだ。
オレは自分で生活をきり開きながら、そのこと自体を闘争に結びつけていきたい」(松本富雄=教育大、フロント)
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立教、早稲田、法政などのノンセクト30人がつくったの「ライン出版」という出版社だ。
"自分たちで書いて編集して売る“会社だという。
すでに『魂にふれる革命』(津村喬著)を、三千部発行している。
「書店はショーウィンドーとしてしか考えず、販売は大学の生恊に委託するはか、主力は自分たちで個別的に売って歩くことにおいています。
将来は印刷もふくめて、新聞や雑誌も発行するミニ・コミ組織にもっていきたい」(岩永)
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上智大学を退学させられた学生は『フィーチャーズ・サービス』という音楽出版社を設立した。
新宿西口のフォークや広島のフォーク・キャンプのレコードを発売して、好評をあつめている。
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九卅大学の学生は、闘争資金をつくるために、大江健三郎の幻の名著といわれる『政治少年死す』を海賊出版した。
この作品は、浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢をテーマにしたもので、昭和36年2月に『文学界』に発表された。
だが、編集部は右翼から抗議を持ち込まれ、また当時は中央公論社の嶋中社長が右翼に襲われる事件があったりして、けっきょく、この作品は『大江健三郎作品集』にも集録されていない。
読みたがっている人も多いのだが、10年前の『文学界』を入手するのはむずかしい。そこをねらって、九大の学生が『文学界』のペ?ジをそのまま複写して売り出した。
この本がよく売れている。
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「海賊版を出版することは、著者にはわるいと思う。だか、著作権そのものが、暴力によっておびやかされているのだし、読者にも読む権利はあるのだと思う。
こういう体制を打破するための資金になるのであれば、それなりの意義はあるのではないか」(米山幹男=早大3年)
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中央公論社長宅が襲われる、キッカケになった深沢七郎の『風流夢譚』の海賊出版を計画している学生もいる。
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『ツーキングス・トレーディング・カンパニー』は、輸入民芸品をデパートなどに卸す貿易商社。上智大全共闘の学生だった二人が経営している。
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ベ平連には、コンドームを売って、資金かせぎにしている人がいる。つぶれた会社から安く仕入れた製品を、仲間たちに売っているのだそうだ。
とくに薬局へ買いにいくには恥ずかしいという気のよわい男たち好評とか。
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競馬で、この一年に百万円かせいで、カンパ資金に凖備している男もいる。
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『サーフロード』という月刊誌を出版している男たちもある。
これは湘南地区の海の情報をまとめた雑誌で、レストランやブティークで売ってもらっている。
15・16・17と安保の6月暗かった
評論家、池田信一氏は、70年安保の特徴を、60年安保にあった挫折感が、70年には、ほとんどないことだと、指摘している。
「60年には、まだ勝利への幻想かあった。それが70年には最初からなかったわけです。
たとえば60年には、西田佐知子の『アカシヤの雨』が、ハヤっていた。70年は藤圭子の『夢は夜ひらく』がハャっている。
どことなく雑草的な強さがある。このムードのちがいが象徴的です」
藤圭子の歌は、学生のあいだで“15・16・17と、安保の六月くらかった”と歌われている。
深刻な挫折感というよりは、替え歌で茶化せるだけの、気持ちのゆとりがあるからだろう。
60年安保には、高校生以下は参加していなかったが、70年には中学、高校生が参加したのも特徴だ。
「中国の文化大革命がそうだったように70年代の反安保闘争もふくめて、これからの社会改革では中、高生が主体になっていくと思う」(菊地元=高校反戦)
70年安保でも、むろん挫折した学生はいたが、それは6・23をむかえるまえに、すでに昨年末あたりから、決定的なものになっていたようだ。
東大では、教養学部を終えて三年になるとき、例年は社会学科への志望者が、哲学科より多かった。
それが、ことしは哲学科への志望者のほうが多かったという事実も、これを反映しているのではないか。
昨年11月の佐藤訪米阻止闘争での挫折感が、もういちど人生を哲学的に考えてみようという気持ちを起こさせた結果ともいえるわけだ。
挫折した学生のなかには、フリー・セックスやギャンブルに没入していった者もいる。学生のあいだで競馬がブームになっているのも、そのあらわれだし、ヒッピーふうの遊び人もこのところふえている。
“1万円パーティー”という豪華なダンス・パーティーが、ハャっている大学もある。これなども闘争から遊びへの転向と見ることができるという学生もある。
しかし、その反面、ゲバ棒闘争からの転向といえばいえるが、“自由連合”と呼ばれる小人数のグループで、ユニークな大衆運動を目ざす若者が、ぐっとふえている。
気の合った仲間が、 自分たちの好きな方法で、自分たちにふさわしい活動をしていこうというわけだ。
チョキよりグーのほうか強い
「るねさんす」という自由連合の一派は、この7月24日から3日間、砂川米軍基地のとなりの荒れ地で<文革反戦祭>を開くことになっている。
ここは基地拡張予定地だか、この若者たちは、すでにここに22畳ほどの穴を掘って、入れかわりに住んでいる。
この荒れ地で、フォーク、ロック、演劇、映画を主体とした祭りをやるのだが、荒れ地の一部には彼らの手で大根が植えられている。
「大根か育ったころ、また集まろうっていうわけさ」
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この“反戦ざんごう”でキャンプしている斎藤義雄クンー
「よく米兵のジープが通るんだ。こちらが指一本を突き出してVサインを送ると、ほとんどのGIが同じサインを返してくる。もっとも、黒人は握りこぶし。
これはブラック・パンサーのサインなんだけど、力強くて、やっぱりアメリカでも、チョキよりグーのほうが強いのかなんて、笑ったもんだ。
アメリカだって、若いヤツや黒いヤツの力で内側からゆさぶられている。安保だって、いつかはつぶせるさ。みんなあきらめないで、ゲリラ闘争をつづけていけばね」
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岩国基地の米兵には、反戦ベ平連のメンバーが50人ぐらいいる。シンパはもっと多い。
基地の金網の前で、拡声器で基地内に反戦を訴える”反戦放送局"をやっている人もいる。
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自衛隊のポスターを見つけてマジックで“反戦”と書き入れて歩いてる若者たちがいる。
ポスターを<反戦自衛官募集>に変えてしまうわけだ。
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ベ平連では、反戦自衛官でつくっている『整列ヤスメ』を発行している。
自衛隊で持ち物検査があった時、この新聞を持っていた隊員がきびしく調ぺられたという。
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赤軍派では、自衛隊に入隊して、内部で反戦組織をつくる代表を送り込むことを考えているといわれる。
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「ストレートにぶつかっていくことによって崩懐するほど権力は弱くないということがだんだんわかってきた。
これからは、体制を支えているものを各個撃破することによって、体制打倒を目ざしていくことだ」(中田勉・上智全共闘)
雨もりの説明からオルグする
ZA運動を押し進めている若者たちがいる。ZAとは、ゼロ・アーミー (ZERO ARMY)の略で、軍隊をなくすための運動だ。
現在は役?や区役所でも自衛官募集の受け付けをやっているが、これをやめさせるのが当面の目標。
役場の屋上から、垂れ幕のポスターをさげたりして、募集をさまたげている。
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『天の川義勇開拓団』は、過疎で老人と子どもばかりになった村をさがしている。
そこで農業を中心にした若者の部落をつくり、反戦、反文化、反資本主義の活動をやっていこう、というねらいだ。
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このグループのように、どこかに集団で定着して、長期的な活動をつづけていこうというグループがふえている。
たとえば、世田谷区の奥沢には20棟のバンガローがあり、1年25万円で借りられるそうだが、ここを借りて開放区をつくろうと計画しているグループが、いくつかある。
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「おなじ下宿の学生が、なんとなくグループになった。その仲間のひとりの家が、静岡で農園をやっているんで、そこから四季の花を東京の喫茶店やレストランにおろす会社をつくることを計画してるんだ。いま全員アルバイトをして、ライトバンを買う資金をつくっている。
うまくいきそうだし、軌道にのったら闘争でクビになった学生をどんどん吸収できるような会社にしたいと話し合ってる」(青木明夫=早大、ノンセクト)
重工業や銀行などの大どころをねらって、総会屋として乗り込む計画を進めている反戦グループがある。
大会社の端株を、百株ぐらい買って百人に分配する。その百人が株主総会で大あばれ。兵器製造や軍需産業への融資を妨害しようというのだ。
アメリカでは、すでにこの方法が採用されているが、会社側は右翼をやとって対抗、傷害事件が頻発しているという。
日本でも、おなじことが起きそうだ。
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小田急沿線では、明大や和光大の学生が主婦たちをオルグしている。
この沿線には公団住宅がたくさんあるが、雨もりがひどいという不満がよく聞かれる。
そこに建築科の学生が出かけていって、雨もりの原因をしらべ、なぜ公団は建築の手抜きがひどいのか、その背景を、政治のカラクリにまで逆のぼって説明する。
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このほか、ユニークな活動をはじめているグループは数多いが、6・23以後は地区共闘に主眼がおかれるようになり、また若者たちで事業をはじめようというグループがふえてきているのが目だつ。
「実力闘争をつづけている若者から見れば、これは"体制に屈した結果“とののしられるだろう。
しかし、この転向がよいか悪いかは別問題にするとしても、これからの闘争が、この方向に大きく動いていくことは、まちがいないですね。」(池田信一氏)
(文中、 本人の希望により一部仮名にしました。)
【お知らせ その1】
『獄に暮らせば』「21年7ケ月の獄中日記から}(作品社)3,520円(税込み)
2026年5月29日刊行
日本も世界も、もっとより良いものに変えたい!
そんな思いで学生運動に身を投じた日から、思い出さずにいられない革命と解放闘争の日常。
連合赤軍事件、レバノン、パレスチナ・ガザ、そして新たに出会った獄中の人々、さらに次々襲い掛かる大腸癌、小腸癌、子宮癌など病魔との闘い。
本書は、著者による2022年5月28日朝、満期出所時までの獄中ドキュメントであり、かつ元日本赤軍リーダーが、一人の人間として、戦争と平和に向き合い、人々の命を思いやった、その心情と葛藤を綴った2000年11月8日から2022年5月28日までの闘いの記録である。
【お知らせ その2】
●1968-70全国学園闘争「図書館」
1968年から1970年を中心とした全国学園闘争の資料を掲載したサイトです。
全共闘機関紙や全国26大学の大学新聞などを掲載しています。
http://meidai1970.sakura.ne.jp/gakuentousou.html
●新左翼党派機関紙・冊子
1968年から1970年を中心とした新左翼党派の機関紙と冊子を掲載したサイトです。
【お知らせ その3】
ブログは概ね2~3週間で更新しています。
次回は2026年10月2日(金)に更新予定です。


