2024年10月、イスラエル軍によるパレスチナへの侵攻が始まってから1年が経過した。この1年間、無数の無辜の市民が命を奪われ、人道危機がさらに深刻化している。国連安保理による停戦決議や世界各地の抗議デモが行われたにもかかわらず、事態は改善どころか悪化の一途をたどっている。特に、民間人死者数は現在では4万5千人に迫るとの報道もある。その多くが女性や子どもであり、ガザ地区の住民約半数が飢餓状態に陥り、一部では餓死に至る子どもたちが報告されている。こうした状況は、いかなる国際的な人道基準にも反し、到底許容できるものではない。
欧米諸国は当初イスラエル支持を表明し、後に一部で態度修正がなされたとはいえ、戦闘行為は止むことなく激化している。また、パレスチナへの連帯を示す集会や言論活動が、イスラエル批判と反ユダヤ主義とを不当に同一視される状況が拡大し、「イスラムに対する嫌悪や偏見」の増幅とも相まって、民主主義社会における自由な言論は著しく脅かされている。
声明と6000人超の賛同の意義
こうした深刻な状況を踏まえ、私たち「大学関係者」有志は、2023年10月23日に発表した声明を改めて再掲し、オンラインで再度署名を呼びかけた。その結果、6000人を超える賛同が得られた。これは、こうした暴力の連鎖と人権侵害に抗い、正義と人道を求める声が決して少なくないことを示す重要な証左である。多くの人々が声を上げることで、加害を看過しない意志を共有し、問題の可視化や解決への圧力となりうる。数多くの賛同者が得られたことは、国際社会にさらなる行動を迫る基盤となるだろう。
以下に引用を再掲する(引用部分は原文のまま)。
(以下引用)
昨今アメリカにおいて、大学関係者が当局の弾圧を受けながらも戦っている事態を受け、(注・2023年)10月23日に発表した声明を改め、再度署名を集める運びとなりました。
私たち大学関係者は、今回のイスラエル軍によるパレスチナに対する残虐な武力行使に抗議の意を表明します。
イスラエルの高官は、ハマスを念頭に「われわれは彼らを地球上から抹殺する」と発言して、地上侵攻を辞さない方針の発言を繰り返し、欧米諸国も追随してハマスを「テロ組織」だと断じています。一般市民に対する攻撃に対して、私たちは強い悲しみと憤りをおぼえます。
何の罪もない子供たちを含むパレスチナの人々は、イスラエル政府によってガザ地区に閉じ込められています。彼ら、彼女らは、避難するためのシェルターがなく、交通も遮断され、逃げ行く場所がありません。そのような中、ハマスを「抹殺」する名目でイスラエルの侵攻が実行され、今日に至るまで、3万人を超える民間人の尊い命が奪われました。また、物流すらもイスラエルによって遮断されたことにより、ガザに住む半数近くの人々が飢饉に見舞われ、中には餓死した子供たちがいることも報告されました。
ガザでの状況が日々悪化し、世界中で停戦を求めるデモや声明が高まる中、当初はイスラエルの姿勢に相次いで支持を表明していた欧米諸国の態度も少し変わり、ガザの状況に言及する国連安保理決議2728が採択されもしました。しかし、状況は改善しないばかりか、イスラエル軍の侵攻に対してパレスチナの人々に連帯を示す人々や集会を、あたかもナチ・ドイツと同じ「反ユダヤ主義」であるかのように扱い、全く違う両者が同一であるかのような誤解を引き起こす事態が悪化しています。アメリカでは学生や教職員が停戦、虐殺に加担するイスラエル企業との提携停止を訴えるデモを行った結果、多くの人が警察に拘束されるに至りました。政権や大学当局にとって都合の悪い言論や主張が、いとも簡単に弾圧されているのです。
そもそも、イスラエルによる「入植」は、国連安保理決議2334で「国際法違反」と認定されています。このような「定住型植民地主義」(セトラーコロニアリズム)に対して、各国は、どれほど誠実にその責任をイスラエル政府に問うてきたのでしょうか。
もちろん、他でもなく、私たちの意識も責任を問われるべきです。「どうせ遠いところの出来事だ」というような無関心、「世界史の授業で習った気がするけれど…」というような無知、「結局どっちもどっちなんだ」に象徴される無責任な言説――。これらは全て、無意識的に、一方の加害行為を支持することにつながりうる態度です。
1947年から今日まで、パレスチナの人々は、民族自決権の完遂を訴えてきました。この声は、自分達の土地に対する自らの権利を求めるもので、至極まっとうな主張です。しかし、イスラエル政府は抵抗するパレスチナ人に対して、「自国民保護」の名において、「入植」で住民を追い出すだけでなく、恣意的な逮捕、拘留、そして殺害を繰り返してきました。
私たちは改めて、なぜ今回のような悲劇が起きてしまったのか、冷静に考えなければなりません。 今日、パレスチナ・イスラエル双方において無辜の市民が命を奪われることになった根本的な責任は、イスラエル政府、さらにそれを看過してきた国々にあると言って差し支えないでしょう。
いま、私たちが求めていることは以下の通りです。
①イスラエルは即時停戦を
②世界のあらゆる大学は、停戦を訴える声を封じる圧力に反対を
③この事態に乗じたイスラムフォビアと闘おう
④反ユダヤ主義を含むあらゆる人種差別・排外主義を廃絶しよう
私たちは、イスラエル軍による女性・子どもたちを含むパレスチナの人々へのあらゆる武力行使に対して強く非難するとともに、イスラエル国内、欧米諸国を含む世界各地からあがる「イスラエルは、パレスチナの人々への無差別攻撃をやめろ」という学生・市民の訴えに連帯していきます。
(引用ここまで)
未来への責務
この惨劇が繰り返されてはならないことは明らかである。未来への責務とは、暴力と人権侵害を放置する世界秩序を変革することであり、加害行為に加担する無意識的な無関心や差別を克服することである。そのためには、以下のような取り組みが一層求められる。
第一に、大学や市民社会、メディア、国際機関、非政府組織(NGO)など、多様な主体が連携し、国際法と人権規範に基づく解決策を模索する必要がある。具体的には、国際司法裁判所をはじめとする国際的な司法的枠組みを活用し、戦争犯罪や人道に対する罪を追及し、責任の所在を明らかにすることが不可欠である。
第二に、教育・研究・議論の場を通じて、偏見や差別に対する批判的思考を育む必要がある。「反ユダヤ主義」や「イスラムに対する嫌悪や偏見(イスラムフォビア)」は、絶対に許してはならない。学術研究や公共討論、読書会などの地道な活動で偏見をなくしていく必要がある。
第三に、情報へのアクセスと言論の自由を守り、異なる立場からの発言が弾圧されない社会を目指すべきである。大学関係者や市民による停戦要求デモ、連帯行動、声明発表など、あらゆる平和的アクションが尊重され、弾圧されぬよう監視を強めるべきだ。
目下の問題は遠い地の「他人事」ではない。一人ひとりの行動、発言、関心が、世界のあり方を変えうる。我々がこの責務を自覚し、勇気をもって行動するとき、パレスチナ戦争をはじめとする不正義と暴力の連鎖を断ち切る可能性が、初めて現実的なものとなるのである。(田中駿介=東京大学大学院総合文化研究科博士課程2年)
コメント